「おはよう、ルナ君」
人間とは自分たちを支配する者。
そんな認識を一瞬で塗り替えてしまった彼女は、確かに俺にとって大きな存在なのだろう。
思うが故に
「ああ」
「やっぱり布団はいいなぁ。野宿とは疲れの取れ方まったく違うよね」
大きな宿泊施設には飲食店も多々あり、また賑わう街などではトレーナーは無料で使えるレストランなどもある。
しかし、たちが今回泊まった場所は小さく、食事は自分たちで作れるようにコンロと水道、食器やなべなどは設置してあった。最低限の調理器具が置いてあり、セルフで食事をとるのが大抵のことであった。
そこから聞こえるとんとん、という小気味の良い音が心地よいなんて、いつから思うようになったのだろうか。
あまりにも自分らしくなくて、このことは誰にも言っていない。わざわざ言うほどのことでもないと思うが。
しばらく見ているとは、今度は鍋の前に立ち先ほど切った材料を入れる。
手際が良いな、と眺めているとはひょいと此方を向いた。
「ちょっと待ってね。もう出来るから」
鍋を離れ高いところに仕舞われていた皿を出そうとする背伸びが危なっかしくて思わず手を出す。
「ありがとう」
何の打算もなく向けられる笑みは、こそばゆくて。
「ああ」
いつもおざなりな返事しか出来ないが、が気にすることはなかった。
ただ静かに微笑むに、また自分も顔が緩んでしまうことは。
「おひーさーん?」
「あ、はーい」
いつもくるくると動き回っているにはまだ気付かれていない。
「あの、ものすごく今更で今更なんだけどね」
作った食事をものすごい勢いで平らげられ、嬉しいようなもっとゆっくり食べてほしいなと思うような、そんな気持ちでいたはことん、と首をかしげた。
「二回言ったよ」
からからと笑うヨルに苦笑を返しながらそのまま続ける。
「それだけ今更ってことだよ・・・。市販されてるフードとかよく見るんだけど・・・、皆人間の食事取っても大丈夫なんだよね?」
「うっわ姫、今更!!」
「ああ今更だな」
「だから言ったじゃない!今更だって」
ヨルらの反応にむっとしながらも、は答えを待つ。
こんなときいち早くが望むことをしてくれるのはヒカルかツユで、それは今回も同じだった。
「大丈夫ですよ。種族によってまあ好みなどはありますけどね」
「フードも食べれないこともないがな。俺はの食事の方が合う」
返ってきた答えにほっとし、は良かったと呟いた。
今まで誰も何も言わなかったからなにとなしに自分と同じものを出していたが街でポケモン用フードを見かけてから心の隅に残り続けていた疑問だった。
解消されて、少し胸が軽くなる。
「何でそんなこと思ったんだ?」
「え?皆何も言わないから。無理して食べてるんなら悪いなぁ・・・って」
基本的にポケモンたちは自分よりも上だと認めたトレーナーには従順・・・らしい。
逆らわないというか逆らえないというか、それはわからないがとにかく命令にはきちんと応える。
だから、例えばの出した食事が毒でも口に合わなくても食べるほかないのではないか、と思ったのだが。
「姫のメシは美味いから食ってるんだよ!!」
「え、あ、本当に?それは良かった・・・」
「お前な・・・、俺がお前に反抗できないとでも思ってるのか?」
「お、思ってないよ」
ならばボールに入ってくれというお願いに全員が首をふることはないと思う。
嫌なことは嫌とはっきりと言ってくれたほうが嬉しいことは確かだ。彼らを支配したいと思っている訳ではない。
だって、彼らがいなければ自分はどうなっていたかわからないのだから。
立場的には、表面上はが支配者、トレーナーだと記載されるのは仕方ないとしても命令をしようとは思わない。
は無理強いされるのは嫌いだったから。だから。
「お前は、トレーナーであることが嫌なのか?」
「・・・どうして?」
「そういう風に見えるからだ」
ルナの言葉に、は考え込んだ。
嫌なのか。それは違うと思う。皆と居られるとこは、にとってこの上ない幸せだ。
「嫌じゃ、ないよ?」
「んじゃ、どうして姫は俺達に命令しないの?」
間髪入れずに放たれた続いてのヨルの問いに、今度こその動きが止まった。
しばしの沈黙。そして。
「命令、しなくちゃ駄目なのかなぁ・・・」
困りはてたように眉をよせてはきだされたごく小さな呟きに、ヒカル以外の面々は、はぁ?と素っ頓狂な声を出す。
「マスター、駄目もなにもそれがトレーナーなんですが」
「おひーさん。自分が何言ってるかもう一回考えてみな」
「んー・・・っと、姫。じゃあ俺達はどうするべきなのかな?」
「・・・・お前は俺達を何だと思っているんだ」
自分たちはのポケモンなのだ。
もちろん自分たちの判断で動くこともある。
けれど基本的にポケモンというのは主の命は絶対で、自分たちが野生にいるならばともかく彼女は自分たちに認めらてトレーナーの位置にいるのだから命令するのが嫌だと言われてもならばどうすればいいのだ、という感じである。
「基本的に、俺たちとにズレがあるんだろう?」
唯一の発言に突っ込まなかったヒカルはを眺めながらそう切り出した。
「ズレ?」
「まず、。お前がそうだと思ってたポケモンと俺たちの違いに驚いたこと」
はい、と投げかけられて考える。それは、すぐに答えられる。だって相当びっくりした。
「え・・・、あ。人間になると思わなかった・・・です」
「正確には人型、ですけど」
「この際細かいことは無視だツユ」
「なあ姫ー。俺達が人だって、錯覚してる?」
ああ、そういうことか。
は唐突に理解した。
命令を出す立場になどになったことがないから、どうすればいいかわからない。
「私、なんかが・・・って、思うんだよ」
彼らはポケモンだ。それは間違いないことは知っているのに、まだ戸惑っている自分がいる。
どこからどうみても、には“ヒト”にしか見えない。
「マスターは、僕等が考えている人間像とは離れてるんですね」
ツユがしみじみと呟いた。
「人間・・・像?」
「人間っつーのは支配するもんだからな。ちゃんと認めた人間ならいいんだが、最悪なんに捕まっても逃げられない」
ルナは苦々しく吐き捨てた。その表情が曇っているように見えて、は急に立ち上がった。
驚いたように目を丸くさせるルナを気にせず、その顔をふわりと包み込む。
「怖い・・・よ。そう思われるのが。そうなってしまうのが」
の、一番恐れることだ。
皆に傍に居てほしい。けれど、縛り付けたくはないのだ。
心を縛るほど、哀しいことはない。
「私も、・・・支配する人間なのかな。それが、トレーナーなの?」
は・・・。
ルナは、はたと気付いた。
は違う。
何かを強制させられたことはないし、自分は、自分から彼女について行ったのだ。
「人間ってのは、支配する存在だったんだ。・・・お前みたいな変わった奴と会うまではな」
共にいたい。支配する、されるなんて関係なしに。
「お前は、それでいいんじゃないか?」
少なくとも、救われているのは事実なのだから。
「それ・・・って?」
「命令されれば、僕達はそれに従います。でも、マスターにはまだ遠慮があるんでしょう?なら、僕達は僕達の意思で動く。マスター、あなたを守るために」
「俺達だって、お前だからお前の言うことを聞きたいんだ。だれでもいいわけじゃない」
という人間だから、自分達はついて行く。傍にいたいと、守りたいと思う。
それだけは分かってほしい。
「皆・・・」
暖かい言葉に、は押し寄せてくる涙を必死で堪える。
泣かない。泣きたくなんてない。
こんな嬉しい気持ちをくれたんだもの、笑いたい。
「ありがとう」
感謝をこめて。は微笑んだ。
微笑み返してくれる彼らが、本当に大切だと、そう思った。
「ま、とりあえず姫はバトルの練習だなー」
「え!?」
「俺達結構強かったりするから大丈夫だって!!バトル初心者おひーさんでも勝てる勝てる!!」
「一人でも勝てるっちゃぁ勝てるけどやっぱりサポートほしいしな。てことで」
「ええっ!!?」
彼らが以外にスパルタだということには驚いた。
まあ、そのおかげで彼らのことをまた良く知ることができたのだけれど。