気持ちが晴れ渡るほどの青い空、そして、空の色とは違う深みのある青が目の前にある。
波が打ち寄せその音が響く。
ざざん、ざざん、それは一定のリズムで。
目を閉じ波音だけを感じればそれはまた鼓動にも似て。
「ぜってぇ嫌だ」
「あの・・・、皆」
しかしには、そんなことを楽しむ暇などありはしなかった。



向こう岸への路 01



「うわぁ・・・、海だぁ」
潮風が気持ちの良い港町。
船が行き交い発展したそこでは、賑やかで潤っている街だった。
は見るのは初めてか?」
「うん、私の故郷でも見たことないんだ。で、旅もずっと内陸だったから。ってヒカル君なら知ってるよね」
「あぁ、そうだな」
なにしろ、この世界に辿り着いてから、彼とはずっと共に行動していたのだから。
出会ってから今まで、とヒカルの見てきた景色は同じだ。
「うわぁ何か妬けるわヒカルさん」
ユカリはぽつりと呟いた。
意地っ張りなくせ、ヒカルには素直に甘えるようなところがにはある。
過ごした日々の厚みと言われればそれまでだが、面白くないことに変わりはない。
その上。
「せいぜい妬いておけ」
この余裕だ。
彼にそれを身に付けさせた過去もユカリは知らないし知ろうとも思わない。
どういう経緯でのポケモンとなることを選んだのか、ヒカルだけに関わらず他の者達のことだって分からない。
それは彼ら自身と、そしてだけが知っていれば良いものであるから。
そうは言うものの、割り切れないのが自分である。
「悔しいってかむかつくよソレ、ヒカルさん」
誰よりも大人であるくせ時々からかうようにこちらがカチンとなるような事を言うのだ。
絶対に苛立つことをわかってやっている。しかし本気で気分を害するところまでの線引きは間違わない。
「もう嫌んなっちゃう」
勝てる気がしない。
ヒカルがにやと意地悪く笑ったのを見て、ユカリは観念したように肩をすくめた。
だからこそ、あのルナでさえを任せることがあるのだろうけど。
(あのプライドの塊みたいな奴でも一目置いてるしなぁ)
「ユカリ君?」
「んー、何でもないよおひーさん」
俺は君について行くだけだから。



「何でだよ!ぜってぇ嫌だ」
「そう言われても・・・」
「マスターだけならともかく僕にあなたたちが乗れる訳ないでしょう。当たり前ですよ」
唸ってごねるヨルとそんな彼を冷たい目で見るツユの間で、はうろたえた。
縋るようなヨルの目はまともに見れず、に向けられているわけではないのにツユの絶対零度の微笑みは背筋が凍る。
「だから、ちょっとだからボールに入ってくれないかなぁなんて」
「い・や・だ」
「ヨル君・・・」
海を前にして、問題が起きた。
“波乗り”
が海を越えるのはこれが初めてだ。にはツユがいるから、何の問題もないはずだったのだが。
「ヒカル君もルナ君も何か言ってくれませんか」
陸路は5人を人型で出していても、注目されることはない。
用心のため、はたまた様々な理由があるらしいが人間に交じりポケモンたちが外に出ているのは決して珍しくはない。
だが、海路は違う。
ヨルを説得する助けを求めようと二人を呼んだが、二人にあるまじくヒカルとルナはふいと目線をそらした。
「無駄ですよマスター。二人も入りたくない感じですからねぇ」
「ヒカル君・・・ルナ君・・・」
ああもう。埒が明かない。
はがっくりと項垂れた。
「船出てんじゃん。あれは駄目なの?」
ユカリが指差す方を見る。
「ああ、あれねぇ」
船という手段は、考えないことはなかった。
それならば普通に皆が人型であれるし、ボールに入ることもない。いいことずくめなことは確かだ。
付け加えるならばも是非乗ってみたい。
ただ一つの、そして重大な障壁がある。
「高いんだよ。料金」
「何か切ないわぁおひーさん」
「うん、私も」
遠い目をするを、はははと乾いた笑いを零しながらユカリは頭を慰めるように撫でた。
ただ街から街への旅を目的とするなら、お金を稼ぐことに重点を置かない。
トレーナーの旅は推奨されていて、拘ることがないなら多くの施設が無料、もしくは格安で使用できる。
トレーナー登録したには基本的な金は支給される。のような小娘が旅などできるのもこの仕組みのおかげだ。
また、旅の途中で出会うポケモンの情報、生態を研究所に送ることで基本金+追加資金を得られるのだが図鑑集めが目的でないは支給金だけで生活していることになる。
正直、余裕などないに等しい。
「お金もなぁ、あるにこしたことはないけど必要なかったからなぁ・・・」
治安は良いしには心配性で信頼する5人がいるが、持ちすぎて盗まれることも怖い。
まさかこんなところで必要になるとは思わなかった。
「山路はきついよ」
「そうだよなぁ」
ヨルは、困り果てて溜息をついた。
海路が主流なため、山路は廃れているといってもいい。
だいぶ遠回りになる上に途中休憩のセンターなどもないため、わざわざそちらを選らぶものなど狂気の沙汰でしかなかった。
それに、人間の手が入っていないため、そこは野生の巣窟だ。
いくら嫌だからといえども危険な目にあわせるわけにはいかない。
「あー・・・、嫌だけどしゃぁねぇ」
、問題は金だけだな」
「え?うん、まぁ」
諦めかけたヨルがしぶしぶ納得した瞬間、ヒカルはの腕を引いた。
「どうしたの?」
「よし、ジムへ行くぞ」
「は?」
素っ頓狂な声を上げたのは間逆に、ルナは手を叩いた。
「あぁなるほど、賞金か」
「他に何がある、ルナ」
まるで名案かのように納得するルナもルナだが、思いつくヒカルもヒカルだ。
「ちょ、ヒカル君!お金目当てでジム戦なんて聞いたことないんだけど!!」
「気にするな、。よそはよそ、うちはうちだ」
どこのお母さんだ。
は口をぽかんと開けた。
困るのはもう他の皆も戦う気が満々なことだ。
ツユを見やると、彼はもう腕を組んで諦めたように目を伏せていた。に気付くと、軽く首を横に振る。
ああ、もうこれで決定か。
「・・・今からだと急すぎるし私にも心の準備ってものがあるんで、もう一泊この街で過ごして明日行きます」
彼らは十分にバトルモードに入っていたが、それはさすがに勘弁願いたい。
予想道理抗議の声も聞こえたが聞こえないふりをする。これくらいの我が侭は許してほしい。
「はぁ、宿あいてるかな・・・」
「待っとき姫。探してくるわ」
「うん、よろしくヨル君」
駆け出すヨルを少しくたびれた笑みで送る。
「明日が楽しみだな」
振り返るとルナが珍しいほど笑顔でいて、機嫌が良さそうに口の端を上げていた。
今はその笑顔が憎たらしい。
「腹くくるかぁ」
気持ちを切り替えるべきなのだろう。
やるからには勝ちたいという思いはある。
ぱん、と頬を軽く叩きヨルが駆け出した方へと歩みを進める。
船に乗れることを夢見て。
そのための手段が実にふざけているが、は立ち止まり、その大きな船体を見上げた。
(ちょっと楽しみだっていうのは否定できないけど)
まずは明日に備えた準備だ。
早く早くとを呼ぶヨルに促され、は頷いて再び歩き出す。
不思議だ。
負ける気など彼らには微塵もないことは確かだが、それが自分もだなんて。
敵なんてない。そう思えるほど、彼らは強く逞しい。
いつか、いつかでいいから。
おこがましいのかもしれない。だって、守ってもらってばかりなのに。でも。
(つり合いたい。見合うほどに、揺るぎなくありたい)
努力すれば、叶うことだと知っている。故に頑張れ、頑張りたいと思うのだ。
今の、の願い。
皆は必ず微笑んでくれるだろう。それは、信頼の積み重ねの証。