「何言ってんのかなァてめぇ」
「……ユカリ君口悪い」
「思いっきりユカリの地雷踏みましたね。むしろ踏み込みました?」
冷静に分析するように一歩下がって傍観するツユをは後ろを向き恨めしげに見やった。
彼のそのようなところは好感が持てて、パーティの中に一人は居ないと困る存在ではある。
だがツユに頭に血が上ったユカリを止める気など更々なく、むしろ楽しんでいる雰囲気すら伺える。
「ユカリ君とかヨル君には及ばないかもしれないけど」
は重い息を大きく吐き出した。
あなたも大概に面白い事好きだよね。



向こう岸への路 02



「ポケモンは三体、一回勝負です。これにチャレンジャーが勝てばバッジを得ることができます。よろしいですか?」
「はい」
いつ来ても慣れることはないこの緊張感。
一度、深呼吸。
勝つ気満々の彼らを隣に置き、しかし張りつめたものが解けることは無い。
「ヒカル君……」
肩に置かれた手に添うように顔を寄せる。
無言の後押しに、顔が緩む。
さぁ、頑張ろう。



「よっしゃ俺からなおひーさん!!」
「……はーい」
ユカリのテンションの高さに、は緊張が緩む気がした。
相手のトレーナーの敵も関係ない。前にいれば倒すだけ。いつも彼らの自信に引っ張られる。
「行こうか、ユカリ君」
「おう!!」
審判のコールでバトルが始まる。
意気揚々とフィールドに繰り出すユカリを見送る。
「いけ、サンダース!!」
攻略の仕方を考えるのがの役目だ。
相手のレベルがまだ分からないうえは、見極めが大事。
雷。相性として悪いタイプではない。あとは技のタイプ。ピクシーであるユカリが苦手とする“にどげり”を覚えるはずだ。
接近戦は避けたい。とは言うものの相手の遠距離技である雷技は強力だ。
(難しい……な)
尤も、負ける気などにもユカリにもさらさらないが。
「ユカリ君、離れて!!」
「はいよー」
戦術を組み立てる。ユカリの能力、相手の出方、自分の知識全てを総合して。
「10まんボルト!!」
「ひかりのかべ!」
直撃は避けたい。サンダースすばやさが高いので後手に回ってしまうのは承知の上だ。
余程でなければユカリは倒れない。そして、いつまでも守りを優先する性格でもない。
(おひーさん)
(わかってる)
少し、耐えてね。
ユカリの視線を受けはしっかりと頷いた。
隙が出来るのが、技を放った後。特殊防御は上げてある。行くよ。
「サンダース!かみなり!!」
バチバチと凄まじい密度の電撃がユカリを襲う。
わざと避けずに、敵の前に陣取る。きっと気を抜いているはずだ、だから、当てられる。
一発で終わらせるよ。ユカリ君。
「はかいこうせん!!」
勝利を確信する相手めがけ、は叫んだ。
油断は禁物。はにっ、と笑う。ユカリはまだ倒れていない。
不敵に笑うユカリが激しい黒煙の中から見え、今度はが勝利を信じて疑わない。
高密度のエネルギー体がサンダース目掛け駆け巡る。
威力は抜群。甚だしい量の白煙から、横たわったサンダースが顔を覗かせた。
「サンダース戦闘不能!勝者チャレンジャー!」
「おっしゃー!!おひーさんナイスアシストー!!」
バトルでもダメージを感じさせない様子でその勢いのままのもとへ飛びついてきたユカリを、は多大によろけながらではあるが受け止めた。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられるのは痛く感じるくらいだ。
「お……お疲れ、ユカリ君」
「おー!!おひーさんも!!」
喜びようは激しいがまだ初戦だ。あと2体残っている。



「チャレンジャー!」
「あ、すみません!!」
審判に呼ばれは慌てて次の対戦のためヨルを呼ぼうとしたが。
「……勝ち抜き?」
訝しげには呟いた。
勝ち抜き、とは文字通り勝ってゆく、負けるまで交代は出来ないというルールだ。
「え、嘘!チャレンジャーもですか?」
通常、言ってもがこれまで戦ってきたジムでの話となるが、そこではその規則が適応されるのはジムリーダーだけ。
挑戦者には代える権利があったはずだった。
「このジムではそういうルールだが」
「……すみません確かめていませんでした」
眉を顰めながら確認するに、ジムリーダーは不審に思う様子を見せそう言った。
審判も頷いているので、これ以上何も言うことも出来ない。間違えたのはの方だ。
「ユカリ君、いける?」
「もち!!むしろラッキー?」
ヨルには悪いけどね。
悪戯っ子のように笑むユカリにはほっとした。大丈夫そうだ。
「さっきは油断したが今度はそうはいかない。はじめようか」
「望む、ところです」
二度目のバトル開始の合図が出される。
ユカリは引き続きなので、相手だけが新たにポケモンを出す。さあ、次はどんな子か。
「いけ、イワーク!!」
叫ばれた種族名には唇をかみ締めた。
やはり、相性は考えられているか。
先ほどの戦いで、ユカリは補助系統の技を除けばノーマルタイプの技しかはなっていない。
いくらはかいこうせんといえども岩タイプのイワークは一撃では倒せないだろう。
戦い方を変えよう。ユカリはどのように考えているだろうか。
頭を巡らせているうち、相手の言葉が聞こえた。
当然ユカリの耳にも入る。
駄目だ、ソレを言っては。
サー、との顔色が青白く変化するのを、後ろで観戦していた残りのメンバーは大して興味がなさそうに眺めていた。
後ろを向き、助けを求めるような目をされても、此処からではどうしようもない。
「姫ふぁいとー」
結局何か言葉を発したのはヨルだけで、しかもそれが何の助言にも解決にもならないことは、言ったヨルにも励まされたにも分かりきっている。

「イワークは倒せないだろう。……そんなカワイイポケモンではな」

相手には何の意図もなかったに違いない。
もう見目には惑わされず、全力で戦うと。むしろユカリの力を認めたのだ。しかし。

「言っちゃった……」
「言ってしまいましたねぇ」

は心底うんざりしたように、ツユは心から楽しそうに呟く。
明らかにきれていると分かるユカリを諌めようとはしたが、出来るはずもない。
そして妙に面白がってそうな後ろも面々にもは盛大に息をつきたい衝動に駆られた。なんとか堪えはしたが。

ドゴッ

何かを殴ったような音に、は下にやっていた視線を持ち上げた。
すると見えたのは相手のジムリーダーの驚愕に満ちた表情と気絶したイワークの姿。そして。

「悪かったねぇ、ピクシーで」

その拳に氷を纏ったユカリ。
その表情は鬼気迫るものがある。

「ほら、審判。コールコール」
「チャ、チャレンジャー勝利っ!!」
呆然としていた審判にユカリは笑顔で促した。催促された審判は、呆けた表情を慌てて引き締めた。
当たり前だ。ジムリーダーのポケモンを、一撃で。
「勝ち抜き戦でしょ?あと一体いるよな。ほら、早く」
「ユカリ君」
「ほら」
ああ、声が聞こえていない。
「ユカリ君!」
もう一度、強く名を呼んだ。
私が授けた、あなたの名前だよ。聞こえるでしょう、ほら。私と、あなたの初めの絆。
「ユカリ君!!」
「……うわゴメンおひーさん!!」
目が覚めたように飛び跳ね瞬かせるユカリに、は安堵の息をもらす。
ユカリの地雷。“カワイイ”と言う言葉。
自分の種族の本来の姿がえらく気に入らないらしい。条件反射でタブーの語を忌み嫌っているので、だから元に戻ると高い確率で口にされるそれのせいでユカリは人型でいるのを好んでいる。
獣型がコンプレックスなのは、実はヒカルも一緒だったりする。
「……驚いた」
ジムリーダーはイワークを戻しぽつりと呟いた。
「そこまでとは思いもしなかった。すまない、侮っていて言った言葉ではないんだ」
「わかっています。……続けましょう」
こちらこそすみませんと、謝ろうとした言葉をはすんでの所で飲み込んだ。
今のも、ユカリの実力だ。謝りなどすれば―――それこそ相手のプライドを傷つけることとなる。
「だ、第三戦初め!!」
裏返った審判のコールで最後の戦いが始まる。
「ごめん、ほんと、ごめん。何か、久しぶりに言われたから、とんでた」
「私は、いいよ。それより」
こそこそと寄って囁くユカリには頭を振った。
眉を寄せ心配そうにを覗き見るユカリを安心させるように微笑む。大丈夫、嫌いになったりしないから。
「手、大丈夫?だいぶ無理したでしょう?」
れいとうパンチ。
急所をつき見事としか言えない一撃だったがその分負担はかかっているはずだ。
三戦目だ。後のことを考え二戦目は温存し慎重にいきたかったのだがこうなってしまっては仕方が無い。
今あるベストを尽くすだけ。
「このくらい、平気。おひーさん無視したバツとして背負っときます」
「だから無視とかそんなことは良いんだけど」
もっと言いたいことはあったが、これ以上相手に注意を払わないわけにはいかない。
「私も頑張るから。だから、ユカリ君も頑張って。……勝とうね」
返事はない。しかしユカリはしっかりと頷いた。
「オドシシ!ゆけ!!」
最後は、ノーマルタイプ。
(どういう技を覚えたっけ……あまり知らないな)
しかし苦手とする相手でない。ならば、それはそれでやり方はある。
ユカリのダメージも積み重なれば大きくなる。出来れば、早めにきめたいとは思う。
「さいみんじゅつ!」
「かげぶんしん!!」
エスパータイプ?状態変化をされれば厄介だ。絶対に避けなければならない。
(ユカリ君、賭けかもしれないけど)
(おっけー)
当たるかどうか五分五分、しかし成功すれば大きい。
次の技と技の隙に、いけるだろうか。
「オドシシ、とっしん!」
(今だ)
「ばくれつパンチ!!」
ユカリの真髄は、多彩な技の数。どんな敵でもこなせる様にと覚えた様々なタイプの術。
ノーマルタイプがかくとう技を使うのは邪道?
そんなこと、気にするものか。ノーマルの戦い方は数え切れないほどだから。
効果は抜群。
命中率が低い代わり、威力が高い技だ。それに弱点。気絶させることが出来ない理由はない。
「オドシシ、戦闘不能!3−0。よって、チャレンジャー勝利!!」
身体の力が抜ける。
ふらり、とたたらを踏んだを慌ててユカリが支える。
「ちょっと、大丈夫?」
「うん。気、抜けただけだよ」
直接戦ったわけではない自分の方が消耗しているのはどういうことか。ぴんぴんしているユカリを見ては力なく笑った。
「……おひーさん?」
ユカリが無理をしている風には見えない。それに安心し、支えてくれたことに礼を言い、もう大丈夫だからと身体を離す。
今度からはきちんとルールを確かめよう。
バトルを楽しんでいた雰囲気は十分に伝わり、ユカリにはなんでもないことなのだろうがそれではがもたない。
さん」
名を呼ばれ見ると、きらきらと輝くバッジを手に持ったジムリーダーがいた。
差し出されたそれを受け取る。
「ありがとうございます」
勝利の証。そして、集めれば集めるほど強さの証となる。
リーグでの参加資格ともなり、バッジがなければ危険だとのことで通る事の出来ない路とてある。
大事で、貴重なものだ。
は丁寧にバッグの中へとしまった。
「ここまでこてんぱんにしてやられたのは久しぶりだよ。私もまだまだ鍛錬が足りないな」
負けに拘る人は、ジムリーダーなどやってはいけない。
清々しく笑うその人に、もまた笑った。
「ユカリ君……だったかい?」
「ハイ?」
お前ばかり戦ってずるいずるいと五月蝿く突っ掛かっていたヨルを適当にいなしていたユカリは、いきなり呼ばれ、驚いたように振り返った。
「すばらしかった。完敗だ。それと、バトル途中君を不快にさせるようなことを言ってしまったようだ。すまない、謝るよ」
「あー……」
決まりわるそうに目をそらしたユカリは、しかしその後覚悟を決めたように向かい合った。
「いや、俺が勝手にきれただけですし」
何を言われても受け流せるようになるたいとは思っているが、まだまだだ。
お互い様というもの。しかも、相手には思惑も何もなかった。
さんは、リーグを目指しているのかい?」
「いいえ。旅そのものが、目的です」
答えると、ジムリーダーは目を丸くした。
何の目的もないものとほとんど変わらないということだ。
しかし、には本当にそれこそが目的だ。彼らと、世界を巡り、時を過ごす。
「そうか。……それならば、この地からは船が出ている。知っているよね」
「あ、はい。これから、それに乗ろうと思っているんです」
その船代のためにあなたと戦ったんです、などまさか言えない。
気を悪くするに決まっている。
「チケットがある。良ければ使わないかい?」
「いいんですか?」
「私は使わないし。これも何かの縁だろう」
「ありがとうございますっ!!」
思わぬ幸運に出会ったものだ。
手に握らされたチケットを、は凝視した。とても助かる。
「こんなものしかないのだけどね」
「いいえっ、凄く、助かります」
今の達に必要なもの。感謝してもしきれない。
「ありがとうございます。それでは、もうそろそろ」
「ああ、うん。君たちの旅路に幸がおおからんことを」
純粋な無事を祈る言葉ほど嬉しいものもない。
「はい」
ありったけの感謝を込めて。
は笑顔で、ジムを後にした。



「おーやったじゃんおひーさん」
「うん。出発は明日かな。ポケモンセンター何処だったっけ」
「ユカリなんて寝たら治るって。つーかバトル一人でこなしたバツだ」
回復のために出向こうとしたを、ヨルは膨れた様子で引き止めた。
バトルに参加できなかったことを根に持っているらしい。
しかし、三戦をこなしたからこそ回復したいと思うのだ。
「ああ、寝てりゃ治るだろ。出発だ」
「そうですね」
「そうだな」
「え、ヨルだけじゃねーの?ルナもツユもヒカルさんまでもかよ!!頑張った俺に労わりはナシ?冷たっ!!」
そういう思いを持っていたのはなにもヨルだけではないらしく、ぶっきらぼうに呟いたルナに、ツユとヒカルは即座に同意した。
本当にそう思っている訳でないことは全員がわかっている。からかっているのだ。
素直でない彼らは、「お疲れ」の一言がどうしても言えないらしいから。
は笑みを零すと、センターまでの道を歩き出した。
「楽しみだね。船」
「ああ」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ後ろを放置し頷いてくれたルナにまた笑顔になる。
今度は海を越えて、みんなで何処に向かおうか。