旅の仕方。他トレーナーとの付き合い方。何処までも続く空、途切れることのない道。たくさんのモノを見て。
彼らと出会い、様々な人々と出会い、多くの知識、想い、笑顔、掛け替えのない時間を過ごせること、それは幸せ。
こうして歩くたびには思う。
楽しくて、仕方がないの。
「辛いって思うこと、たぶん私にだってあるよ」
言いながら、しかし言葉とは裏腹には笑顔だった。
――姫の旅は、楽しいだけなの?
そう聞いたヨルは、ほんの少し驚いた顔をしてそれが何かを尋ねる。
「どんなことが?」
「痛くなる。キレイなことだけじゃないんだって、わかってしまうとね」
抽象的で、曖昧な。
しかし凝縮されたようにヨルには伝わった。
「ヒカルなら、姫の全部をわかってんのかな」
例えば、この世にいるのは優しい人だけではないということ。
旅をしているといろいろな事に遭遇する。
ヨルとが出会ったのは、他にの傍らにいるあの彼らより遅く、よって過ごした時間は少ないということだ。
彼女が見た、キレイでないものというのが何のことかわからないけれど、それが凄く悔しい。
「私の全部なんて、私にもわからないよ」
彼女がそれでも笑えているのは、きっと彼女自身の強さと、傍らにいる彼らが守ってきたから。
くすくすと微笑むに、ヨルはそうだなと呟いた。
願わくば、彼女に降りかかるキレイでないものを跳ね除けることが、俺にも出来ますように。
何に誓う?
もちろん、自分自身に。



唯一、君だけ 01



危なっかしいと言えばそうだし、しかし無鉄砲ではない。
「はぐれるなよ。あとこの辺りではふらふらするな」
「うん、わかりました」
ヒカルの忠告に、は素直に頷いた。
「姫、姫、手ぇつなごー」
返事をする前にもうすでにの手を取り握っているヨルをツユはなんとも言えずに見やる。
油断も隙もないというか。
何の疑問も持たずされるがままにしているの様子が、珍しくないことだと主張する。
「人、多いね。何かあるのかな」
手を引かれながら歩くは、周囲をきょろきょろと見回した。
人ごみの中を歩くのは苦手だが、それを心配することはない。
の周りは誰かしら居て、人とぶつかることを防いでくれていた。そのため落ち着いて様子を見ることが出来る。
「何だろ。ヒカルさん知ってる?」
「もともと人口は多い街だが……」
それにしても、多すぎる気もする。だがしかし、特別な催しがあったかという情報をヒカルは持っていなかった。
街から街へ、一定の場所に留まることはまずないので、滅多に来ないところについての情報が古いことは多々ある。
なるだけ避けたい事態だが最新の情報を仕入れるには良い機会だ。
「聞いてみるか。だが取り敢えずは宿だな」
街まで来て、野宿は嫌だろう。
「ヒカルさん、俺探してくるわ。おひーさん、どんなとこがいい?」
「ベットは是非ふかふかで」
「ははっ、了解」
の真顔での、本人にとっては真剣な注文にユカリはくすりと小さく笑いを零すと上手く人ごみを避けながら人の波に消えていく。
今はまだ昼だ。予約さえしておけば今宿へ出向く必要はない。ユカリならばたちがどこに居ても見つけることが出来るだろう。
「で、どうする?」
街の確認、観光、出来ることは山ほどある。
「ジムあんの?この街」
「あっても却下でお願いします」
はいはい!と勢い良く手を上げてヨルは案を出したが、は笑顔で認めなかった。
案の定「何で」とごねるヨルに、この前の街でも行ったじゃないかと窘める。
ジム戦が旅の目的でないことは、ヨルも百も承知であるが。
「えぇー?」
「嫌だよ。この街来る前もバトルならしたじゃない」
「手ごたえなかったじゃん。だってよー」
ぶつくさと文句を言ってはいるが、もう諦めている。その証拠にもう既にヨルの興味は道に出ている店に移っている。
仕方ないな、とは苦笑を零すとヒカルを見る。
「どうする?ヒカル君」
「どうせ、この辺りを見てまわりたいんだろ?行ってこい。俺はこの先の情報を集めてくる」
「ありがとう!」
祭りというには小規模だが、しかし人が集まり店を出していた。
引きつけられたのは本当で、実際ヨルに劣らずも随分とそわそわしていた。
「ルナ、ツユ、頼んだ」
「ああ」
「はい、任されました。落ち合うのはどうします?」
「ユカリが予約いったの、あの赤い屋根の処だろ。そこは?」
「それでいい。じゃあ」
ふらりとそのまま人に紛れ何処かへと向かったヒカルを見送る。
彼の情報源は何なのか、詳しくは知らない。
ただ持ってくるモノは正確で最新。どこからそのような情報を、と唸ることもしばしばだ。
「さて、マスター。行きましょうか」
「はい」
ツユはに手を差し出し歩きだす。
ヒカルがを残し傍を離れることが多くなってきたように思う。
それは多分、自分が離れても大丈夫だと確信したからで、言うなればツユたちへの信頼。
ふとした時に感じられるそんな仲間であるといった実感に、顔を緩ませるなというのが無理な相談だろう。
ツユはほんの少し口の端を上げた。



「ベットがふかふかの6人部屋って空いてますかねぇ」
「運が良いね、兄ちゃん。あと一つだったよ」
「わお!ギリギリセーフか」
そこそこ大きめの、この街に着いたときからさり気なく目をつけておいた赤い屋根が目印の宿でユカリは差し出された紙にさらさらと署名した。
書くのはの名。代表者がトレーナーというのは常識である。
「お前さんは、ポケモンかい?」
宿主が今書いた台紙を手に取りユカリに尋ねる。
人間か人型をとったポケモンか、判断するのは難しい。
ただ、珍しい色の髪とか瞳とか、それで何となく見分ける。ポケモン同士であれば何となく通じ合うものもあるが、それでも曖昧な感覚だ。
「そー。こんな髪の人間もいないっしょ」
自分の髪を弄びながらユカリは笑った。
ユカリは見分けやすい部類に入る。例えばルナなどの黒髪であれば大勢いるが、自分の髪の色は人間にはなかなか居ないからだ。
それでも、染めたりなにやらで最近は髪の色でも人間との区別がつきにくくなってはいるが。
「見たことはないね。いい色じゃないか、桃色」
「む・ら・さ・き。ココ譲れないんだけど、紫ね、おばさん」
多大に修正しながらユカリは詰め寄った。
ヨルには、「お前細かい」と鬱陶しがられてしまったがユカリにとっては全く別物だ。たとえどちらに見えるとしても。ユカリは全力で自らの髪は紫だと推す。
「はいはい、紫ね。なんだい、そんなに拘ることかい?」
「俺にとっては重大なことなんだよ。俺の名前に付いてる色でもあるしねぇ」
「へぇ、何て名前だい?」
「『紫』、っておばさん聞き上手だよなぁ。何でもしゃべっちゃいそう……」
ユカリの言葉に、宿主の女性はからからと気持ちよく笑うと鍵を差し出した。
「あんがと」
失くしては大変だ。ユカリは受け取ったそれを丁寧に懐に仕舞う。
用は取り敢えず済んだ。これからはを見つけなければならないが、おそらく簡単に出来るように思う。
何しろ、妙に自分たちは目立つのだ。
「ユカリさん、かい?兄ちゃんのトレーナーはどんな奴なんだい?」
宿主は椅子に腰掛けカウンターに肘をつき興味深そうに尋ねた。ユカリの他に客はおらずどうやら暇らしい。
にはルナ達が付いている。そして別段急ぐ必要もないため、ユカリは勧められた椅子に座った。
基本的に、無駄話というか、世間話は好きな性質なのだ。
「女の子なんだけどね。良い子だよ、可愛い子。頑張りすぎちゃうのが玉に瑕な感じかなぁ」
「へえ、珍しいね」
「何が?」
女性が旅に出てるということだろうか。それはもちろん、数は男性に劣るだろうが年々増えており別段特別なことではない。
宿主の相槌に、ユカリは首を傾げる。それを見て、さらに可笑しそうに女性は笑った。
「いやぁ、トレーナーの文句言う奴が多いってことさァ。特にトレーナーは街で遊んでるのに自分は予約に走らされたポケモンとかはねぇ。散々愚痴言って、それで戻ってくのさ。あたしゃ、吐き出しを聞いてあげようと思ってたんだけどねぇ」
「あっはは、それはゴメン。俺にはないわ、おひーさんにケチつけたいことなんて。あ、さっき言った頑張りすぎっての以外は」
それに宿まで来たのは命令じゃなくて自発的だし。
付け足した言葉に、宿主はにこにこと微笑んだ。
「いいね。久しぶりだよ、気に入った」
「何かね、俺ら大好きなんだよね、彼女のこと」
それはもう、つい猫可愛がりしてしまうほどに。
「じゃあ、気を付けな。兄ちゃん」
微笑ましそうに聞いていてくれた宿主は、がらりと雰囲気を変え低く呟いた。
その変化を見逃すほどユカリは鈍感ではない。
「……何かな?」
「最近、人攫いが流行してるんだよ」
「ヒト?」
ポケモンではなく?
ポケモン盗みならば、その犯罪は少なくはない。トレーナーを襲い手持ちのポケモンを残らず攫っていくのだ。
実際も体験したことがあるらしい。言うまでもなく相手は返り討ちであるが。
不審にユカリが繰り返すと、宿主は重々しく頷いた。
その様子から、これがデマではないとユカリは判断する。
「何が目的?誘拐なら身代金とか?」
「さあね、そこまでは知らないよ。でも、気をつけておいた方が良いと思ったから言ったまで。脅かす気はなかったんだけどね」
いらぬ情報だったかい、と言われユカリは首を横に振った。
聞く前と後では用心に雲泥の差がある。旅には危険がつき物であるが、街中までは流石に警戒が緩む。
「助かるよ」
「それはよかった」
もしかすれば、全て杞憂に終わるのかもしれないけれど。
「おひーさんたちと合流しなきゃねぇ」
彼女が居なければ、今居ることは何の意味も成さなくなるのだから。
傍らにルナらが居る限りそんな心配はしていないが、何かあってからでは遅い。
は核だ。
失えば、全てが壊れる。
「愛されてるんだねぇ、あんたのトレーナーは」
宿から外へと続く扉のノブに手を掛けたときにじみじみと発されたその言葉にユカリは振り返った。
「大切なのは確かだね。あの子に向ける感情は、言葉で言い表すことなんて出来ないけど」
言いながら、ドアを開け外に踏み出した。
だって、そうだろう?もう彼女は、自分の心に食い込みすぎて。