自分よりも重い存在など、作ろうと思わなかったし、そもそも居るなど考えもしなかった。
感情立ち入らず完全な理性で考えるならば、関わらなければよかったのだとそれは訴える。
そうすれば、弱い部分など作らずにすんだのに。
自らの身さえ守っておけばよくて、例え何かあろうとも自分の中で決着がつく話なのだ。
他人など、そんな存在に構っている余裕など。
けれど、認めざるを得ない。
もし彼女が欠けることがあるのなら、容赦ない痛みを感じるに違いないのだ。
それほどに。
自分は、自分達は彼女が大事なのだと。



唯一、君だけ 02



「ほんとに人多いねぇ」
「そうですね」
正しくは、ヒトだけではないだろうが。
人と、人型のポケモンで道は溢れかえっている。
街においては原型よりも人型の方が多く見られる。それが何故か、と問われれば答えるのは難しいが、例えばのパーティのようにポケモンが望んでかもしれないしはたまた別の理由かもしれない。
街と街を繋ぐ道路では、多くのポケモンはボールに入っているため、他の人型のポケモンを見るのは新鮮だったりする。
は心惹かれるように見て歩いた。
記録出来る機械など持ってはいないから、世界をこの目に焼き付けるように。忘れたくないと願うものは、日々確実に増えていく。
「取り敢えず必要なもの買い足していらないもの売って、それから観光しようか」
旅の鉄則。荷物は出来るだけ軽く、だ。
最低限のもので済ませること。いつまで続くかわからない旅に、余計なものを持ち歩くのは負担にしかならない。どんな価値がそれにあるのだとしても。
「何か売るものありましたっけ」
「宝石……指輪みたいのが確かあったかな?キレイだけど、私にはいらないや」
小さく軽いため持ち運びやすく、そして高く売れるソレは、最も旅人には愛される商品だ。
人の往来が多い所で取り出すなどの愚行はしない。盗まれるのは避けたいからだ。
「付けねぇの?姫。もったいねぇ」
「危険じゃない?そんな、ここに金目のものがありますよ、みたいに身に着けてたら。皆がいるから心配はしないけど、わざわざ危険を冒すほど持っていたいとは思わないよ」
ヨルの発言に、は苦笑しながら言う。
ヒカルに、これでもかというほどに叩き込まれた旅の仕方。もしポケモンを周りにつけていなければ、などの小娘は良いカモだ。
出来るだけ危険を寄せ付けるな。身に染みて、理解しているつもりである。
「なぁ、姫。ちょっと気になってたんだけどさ」
「なぁに?」
ヨルの問いかけに、は彼を見上げて窺った。
「その首にしてるやつは、大事なものなの?」
「これ?」
首に掛けられた装飾が揺れる。
は、見るからに大切そうにそっと手に取った。
「宝石の類いじゃないよなぁ。……石?」
「うん。……私の宝物。お守り、だよ。ヒカル君から貰ったの」
「へぇ、ヒカルからだったんですね」
ツユは興味深そうに、そして納得したように肯首した。
気になってはいたのだ。いつも首にさがっているソレが。
ツユがと逢った時にはもうあったということは、必然的にヒカルかルナか、もしくは他の誰かかに限られるけれども。
「ルナからだと予想してたんですけど、外れましたね」
「何で俺なんだよ……」
限りなく面倒くさそうに吐き出されたルナの呟きに、はからからと笑った。
「どうして、ルナ君なの?」
「過保護ですし。まあ、言うならヒカルも同じくらいに、ですけど」
それは存分に納得できる。
冷たいようでいて、それは言葉遣いや態度からそう誤解されることが多いだけであるが、実は誰よりも離れることを許さないのはルナだ。
内に入れた存在は、どこまでも守りきる。
嫌そうに歪められたルナの表情には再びくすりと笑うと、飾りに手を触れた。
大切な物が何かと問われれば、これは間違いなく上位に入るだろう。
「はずすな、って言われたの。だからつけてるの」
「珍しいですね。ヒカルが何かを強制するのって」
「そういやそうだな。ルナ、何でか知ってる?」
集まった三つの視線に、ふいとルナは目を逸らしたもの、答えはくれた。
にとっては良いのか悪いのか、判断は付き辛かったものの。
「首輪だろ。要するに」
「…………意味は伝わったんですが、なるほどと言っていいんでしょうか」
「ヒカルも意外と独占欲っつーかなんつーか、強いよな」
「ルナ君、もうちょっと私のこと考えて言い方っていうのが……」
短い間黙り込んだツユと、腕を組みあぁと納得しているヨルと、脱力しているを前にして。
「知るかよ」
ルナは自分には関係ないというように一言を溜息と共に吐き出した。
つまり、はもう既に手が付いているという印の。
許可なく手を出せば承知はしないという牽制だろうというのが、ルナの見解である。



、ショップ行って売りはらってきてやる。街見て歩いて来い」
「ルナ君?いいの?」
「目的なく歩き回るのは面倒くさい」
ぶっきらぼうに言い放ったルナの言い分に、はらしいなぁと笑った。
買い物につき合わすには確実に向いていないタイプだ。
わいわいと楽しんで見て回るのなら、ヨルやツユ、今此処にはいないがユカリの方が楽しむのだろう。
「うん、なら、よろしくね。ありがとう」
「ツユ」
「わかってますよ。任せてください、ルナ」
射抜くように鋭く見つめられて、ツユは顔に苦笑を滲ませた。
自分からの傍を離れると言ったのにこのありさまだ。外見に似合わず一部に対してのみ非常に心配性な性質は少し可笑しい。
「つか、ルナ!俺は!!?」
「頼りになるかよ」
はっ、と吐き捨てたルナはヨルの言葉ににやりと笑みを浮かべた。
その顔は邪悪そのもので、たいていユカリかヨルに向けられる。遊んでいるとき専門だ。
「ひでぇよ!!いっつものことだけどいまさらだけどお前ひでぇよ!!」
もちろんヨルも、そしてツユもも、本気でないことくらいわかっている。
彼は認めない者など、側に近寄らせようともしない。警戒心が強いのか、先ず拒絶し撥ね付ける。
「ルナ、ヨルをあまり拗ねさせないでくださいね」
「ヨル君。私は頼りにしてるよ」
やれやれと首を振るツユの様子に笑いつつ、はヨルの手を軽く握った。
ルナがヨルに対して、他のメンバーと比較して辛辣なのは只単に一番隙とでもいえばよいのか、それが多いからだ。
ツユは言うまでも無く人に隙など欠片も見せない。ヒカルも同様で、ユカリもああ見えて慎重で周りを見ている。ルナも然りだ。
かといってヨルが未熟なのかと言われればそうではなく。
そのような役回りを演じている、といった表現が適切な気がする。
要するに、皆など比べられないほどに大人なのだということ。
「待ってるね、ルナ君」
「あぁ」
正直な気持ちとして。
どうして、とこうして旅してくれているのか、はっきりとはわからない。
譲れない気持ちがにはある。
ポケモンに、彼らに、強制をしたくない。
けれど、離れてほしくはない。縋りついてでも、傍にいてほしい。
もし、離すなと『命令』すれば、彼らにそれを破ることは出来ない。
それを何よりもは恐れる。大切すぎて、それが怖い。いつかそう零したときに、彼らは何と言ったか。
そんなことない、と。居たいから居るのだ。
目が覚める思いがした。
誓いが増える。いつか別れるときが来るまで、私はそれを避けるために足掻き続けよう。



「な、ツユ」
「なに、どうかしました?ヨル」
と街を見て歩いている途中、くい、と小さく袖口を引かれたツユは疑わしそうに振り向いた。
いくら自分が普段余計なことをユカリを話しているからと言って、そんな嫌そうな顔で見ないで欲しい。ヨルは思わず苦く笑う。
ツユの雰囲気からはどうでもいいことなら聞かないという意思がありありと読み取れる。
しかし生憎、今回は緊迫していることだと思う。それはヨルの、所謂第六感でしかなかったが。
に聞き取られないように、ごく小さな声で低く言葉を発する。
「変な感じする。何か、起こりそう」
「…………ソレは、僕らにですか。それともマスター?」
「わかんねぇ。すげぇ曖昧な感覚なんだよ。こういうの」
頭をがしがしとかき乱し、ヨルは苦虫を噛み潰したような表情になる。
自分のタイプの中には、先をよめるものも僅かながらいる。しかし、ヨルにそれは備わっていない。
エスパータイプの特質か、仲間の内でもヨルのカンは冴え渡ることが多い。
ただ、詳しく説明しろと言われるとなかなかすなすらとはいかないのだ。何しろ、何故危険を感じる気持ちになるのか、ヨルでさえわからない。
「僕らなら……そうですね、まぁ自分の身くらい自分で守れ、ですが」
基本的にツユらは他人の世話など焼かない主義である。そもそも誰もそれを望んでいない。
例えば助けてくれようものなら礼よりもまず「どうしたんだお前」くらい口から飛び出しそうだ。その後は寒気にでも襲われるだろうか。
「おう。姫なら……、容赦しねぇってことで」
ただし。
もし彼女に刃を向けるのであれば、それは自らへ突きつけられるのと同等だ。むしろそれよりも重いはず。
「……マスター、少し話があるのですが」
「何?ツユ君」
「って、ちょ、おい、言うのかよ姫に」
何のために今まで自分はツユにしか聞こえないように話していたのか。
には危険など感じてほしくなくて。怖い思いなどさせたくはなくて。
慌ててヨルはツユを押し止めたがツユは何を言うのだという目でヨルを見る。
「僕らのマスターは誰ですか、ヨル」
「……姫だろ」
「そうです。なら、僕らがマスターの許可得ずに動くなどもってのほか。そうじゃありませんか?」
「それは……そうかもしんないけどさ」
普通のポケモンとトレーナーの関係を考えるならばそれは当然のことだ。
何かを隠すなど、あってはいけない。少なくともツユはそう考えている。
しかし、ツユとヨルの心情は違う。
教えるべきではないと、不確かな情報で恐怖を抱かせたくはないと思う。
どちらが正しいか、などではなくて。
「ツユ君?ヨル君?」
下を向き押し黙ったヨルと、こそこそとヨルに話していたツユには首を捻る。
「どうしたの?」

それは、刹那だった。

「……え?」
「あぁもうやっぱりかよ!!言ったの俺だけどこんなのは当たってほしくなかったって!!」
「ごちゃごちゃとどうにもならないことを騒がないで下さい、ヨル。マスター、すみません。無粋な客のようです。少し、下がって」
歩くうち人気のない場所に差し掛かったとたん、どこからか現れたポケモンたちに囲まれ一瞬呆けたは、しかし次には毅然と頷いた。
慣れた、ではない。襲われることは5人も引き連れている今となっては少なくなったが、それでもある。
ただ取り乱して彼らの邪魔でもしようものならそれこそ最悪だ。
「ツユ君、でも」
手荒にするなとは、無理難題だろうか。
けれども、倒れるポケモンを見たくない。感情があって、痛みを感じている。技を受ければ痛いのだ。人もポケモンも関係なしに。
命令する立場の人間は忘れてはいけない。そして、ヒトとポケモンが違うということも。
「ツユ君たちも傷つかないで、あの子たちも……出来るだけ怪我させないっていうのは……」
欲張りだ。欲張りすぎて、彼らが倒れるなど考えたくもないけれど。
の縋るような視線を受け、ツユはふわりと笑みを浮かべた。
今にも泣き出しそうに、けれど絶対に涙は流さない主の、たまにの我が侭がこれだ。
その手を取り、静かに唇を当てる。誓いましょう。

「マスター、あなたがそう願うのならば」
叶えてみせる。

弾かれたように顔を上げ安心したように微笑んだに、ヨルはその頭をくしゃりと撫でた。
「姫、俺には?」
その言葉に、前を見据え、は言う。
命令ではなく、ただ、方向を指し示す。
「守って。あなた自身と、それから私が守りたいと思うものを」
ヨルが守りたいと願ってくれているのは、
が守りたいものはヨルたちと、そして出来るならば目の前のポケモンたちと。

「はいよ。……俺の唯一の姫君」

ツユが唇を当てた逆側の手に、ヨルもまた口付け誓う。
さあ、姫を攫う不届きで命知らずは誰だ。

ツユとヨルは同時に不敵な笑みを浮かべる。
先に仕掛けたのはあちら。遠慮する義理などなく。
久しぶりに、暴れることができそうだ。