狙われる要因として挙げられるのは主に三つ。
まず第一にが少女であること。
これは大きな理由だろう。年が若いということはそれだけ経験がないことを意味する。
賊にとって旅の初心者ほど狙いやすい者はないだろう。
それから、その外見から受ける印象。
側にいれば案外気など抜いていないとわかるのもだが、外から眺めれば危なっかしく見えることこの上ない。
最後に、これはではなく。
「そんなに俺は高く売れるか?」
自分では思わないが、実は目に付くのだという、金髪碧眼のこの外見。
唯一、君だけ 03
あからさまな殺気に、ヒカルは心底呆れ果てて溜息を吐いた。
気付かないふりも楽ではない。
たちと別れてすぐに纏わり付いてきたこの気を無視するのもそろそろ限界だ。
ヒカルが立ち止まったと同時に、周囲にポケモンが取り囲む。
その彼らは、気付いているのだろうか。わざと自分が人気のないところへと向かってきたのを。
「一度だけ言う。失せろ」
言いながら、自分も丸くなったものだとヒカルは思った。
昔ならば――――一言も発さず攻撃に入っていただろうからだ。
どうして、自分を狙う者に忠告などくれてやる義理がある?
そんな思考はたぶん一生変わらないと思っていたのに、いつの間にか彼女の影響を受けていたようだ。
甘くなったな、自分も。とは、ヒカルが内心感じていることで、しかし外から見ると容赦のない所は変わらない。
輝石、ヒトが進化のいしと呼称するそれを使わずには手に入れることが出来ないヒカルは希少種だ。
その石自体が高価でまれなこともあり、捕獲の対象にされることはしばしばあった。
更に人型時の見た目も相まって、おそらく高値での取引きの対象になりやすいのだ。
せっかくのヒカルの警告を聞く気は、ヒカルにとっても、そして相手方にとっても残念なことにないようだった。
同じポケモンであるくせどうして人間のこうした乱獲に協力しているのかはわからないが、たとえどういった理由があろうと捕まるわけにはいかない。
ヒカルは周囲を見回した。
ぐるり、と寸分の隙もなく取り囲まれている。
ピンチといえる状況なのかもしれない。普通なら。
しかし、ヒカルの口元に浮かぶのは笑みだ。
「聞かなかったのは、そっちだ」
何もなかった空間から、凄まじい電圧の雷撃がうまれる。
あたり一面に、自らの周りに円を描く様にヒカルは雷を放った。
獣型に戻るまでもない。一撃だった。
確か、「でんじほう」とが呼んでいた技だったろうか。
倒れたポケモンたちを見て何も感慨が沸かないのは当然のことで、先に手を出した相手にどうして同情などするだろうか。
ヒトに捕まえられたポケモンは、使役されるのがそのさだめだ。
モンスターボールという、“絆”
束縛を、ヒカルは嫌う。だからこそ今までこの身一つで世界を回っていたのであったし、極力人間には近づかなかった。
絆であるのか、柵であるのか。それは個人それぞれなのだろう。
目の前のおそらくヒトに命令されてヒカルに襲い掛かってきた彼らにとっては、さてどちらだろう。
「絆と柵など、紙一重なんだろうな」
誰に言うでもなく、静かに呟いたヒカルはもう用はないとその場から踵を返した。
が何を恐れているのか、分かった気がする。
「あーあーあー、遅かったかぁ……」
「ユカリ?」
戻ろうと道を翻した瞬間にのんびりとした声と行き会う。
聞き覚えのあるソレは、確かにユカリで、そのあとに死角から現れたのは本人だ。
「何がだ?お前も襲われでもしたのか」
「いんやぁ、宿の女将さんに忠告もらっただけ。よそモンには冷たいとこだね、此処。なんていうか、いいカモ?みたいな」
「みたいだな。さっさと出るに限る。…………忠告?」
旅のものに冷たいだろう街人がユカリに?
怪訝な顔をするヒカルに、ユカリは何でもないことだと手を振った。
「うちのおひーさんがどれだけ可愛いだとかどれだけ俺が愛してるかとか語ってたのよ。そしたら何か気に入ってくれたみたいでねぇ」
「……お前な」
心の底からを可愛がり構い倒しているユカリのその様子は簡単に想像がつき、ヒカルは深く溜息をついた。
親馬鹿と言うか子馬鹿というか。
そもそもトレーナーの情報を軽々しく他人に伝えるべきではないが、その辺りはきちんとわきまえているだろう。
当たり障りのないどうでも良いことを話しつつ、ふんだんにへの褒め言葉をまきちらしていたに違いない。
「災難だな、全く」
「え?俺が?」
「お前の自慢を聞かされていたその女将が、だ。阿呆」
大体、そんなことを話されて何と返せば良いのか。
ヒカルは呆れを隠そうともせず吐き捨てた。
「てかさ、やっぱりさすがねヒカルさん。こんだけの数を人型でのしちゃうかぁ」
「……うちのメンバーならこのくらい誰でも出来るだろ」
急いで合流するぞ、とヒカルはユカリを見やった。
珍しいことにユカリは目を瞬かせ口を開け、言うならば軽く放心したように。
「何だ」
「……いやさ。ヒカルさんが“うちの”なんて言うと思わなかったから」
「は?」
「初めなんか俺全く信じられてなくて。ルナなんて明らかに睨んでるしツユは胡散臭い目で見てくるしヒカルさんはそこそこ愛想良かったけど信用してはくれてなかったじゃない?それが俺のこと“うちの”メンバーって!!」
ユカリの前にと出会った三人は皆、一様に警戒心が高かった。
そのときはよく思ったものだ。気分が悪い。
そんな簡単に他人を信用できないことくらいわかる。でも、限度ってものがあるでしょうよ、と。
三人の前でそれを洩らすような失態はもちろんしなかったが、は感じ取っていた。
困ったような、それでいて仕方ないと、優しさが見える顔でユカリに言ったことがある。
――――私がこんなのだから、皆そうならざるをえないの。大丈夫だよ、ユカリ君は認めてもらってるから。
良く理解できなかったの言い分を、今では十分にその意がわかる。
こんなにあからさまに敵視されているような自分を、どうして彼女が認められているなどというのか。
要するに、彼女の傍らにいるのを許された時点でそれは確定だったのだ。
三人はそう甘くない。これでもかという品定めを、彼女に近づく時点でされていたに違いない。
(まっさか俺もそうなるとはねー)
想像もし得なかった自分を笑う。けれどそれは自嘲ではなくて、ユカリは自身の変化を受け入れている自分に酷く驚いた。
「ね、ヒカルさん」
「何だ」
「いやぁ、因果な名前もらっちゃったなぁ、と。感慨深い」
名は大切なものだ。は言った。
今誰かに名前を尋ねられたとき、自分はユカリであると確かに名乗る。
「……全くだ」
少しの間を置いた後、ヒカルも深く頷いた。
それを確認してユカリは微かな笑みを浮かべた。
彼女に何かを見出した五人の、おそらく唯一の共通点。
「俺らってホントさん大好き」
。――――呼んでみて、ああ、と気付く。めったに自分が名を呼ばないワケ。
「珍しいな」
「まぁね、気分だよ」
こちらも珍しく驚いたように視線を向けるヒカルに、ユカリは空を見上げながら答える。
広い空、流れる雲、そこを優雅に飛ぶユカリには持ち得ない力を持つ者。
目を地に向ける。
広がる大地、どこまでも続くのだと錯覚させる路、そこに力強く根付く人、モノ。
全てが愛しいのだといつか彼女が言った。
見たことのないもの、聞いたことのないもの、感じたことのないもの、たくさんの未知。
それらが溢れるこの世界で、まるで紐解くように与えてくれたのは――――。
「――――俺の、唯一」
名は大切なものだ。は言った。
だから、ユカリは名前を大切にする。
もったいなくて、だから呼べない。何か、これ以上を望んでしまいそうで、だから呼べない。
別に良い。呼びかければ彼女は振り返って、笑って、そして名を紡ぐ。「――紫君」
それだけで良い。
「お前も面倒くさい奴だな」
「何ソレ。ヒカルさんに言われたくないって」
ぼんやりと思考に嵌まっていたときに投げかけられた一言に、ユカリは苦笑とも取れる笑みを浮かべる。
一部を除き基本的に、ヒカルは優しくなどない。
「おひーさんがいなけりゃ、俺たち今何やってんだろーね」
名を紡ぐことをユカリが恐れるように、たぶんヒカルも。
「ヒカルさんも、怖がってるだろ?」
のない“今”を。
「……知らないほうが良いことも、あるだろう」
答えるつもりはないとのはっきりとした拒絶に、ユカリは肩をすくめた。
「そんなこともあるだろうけどね。ヒカルさんさぁ、俺あんたのこと尊敬してるんだよ。……あ、別に出会った時ぶっとばされたからじゃないよ」
言われたヒカルの脳裏に喧嘩を売られ返り討ちにした記憶が蘇る。両方、どちらも喧嘩っ早かった。
そんな昔のことでもないのに懐かしく思うのは毎日が充実しているからなのだろうか。
「おひーさんが、一体何処へ行くっていうの。あの子は、一体何を恐れてるの?ヒカルさんとあの子が心の奥で思ってること、同じだよね」
「好奇心は身を滅ぼすぞ」
「はっ、好奇心?」
まるで嘲るかのような声が出る。
「そんな陳腐な感情で俺が彼女のこと探るとでも?知ることで滅ぶなら滅べばいい。あの子は泣かないけど、泣きそうに顔歪めてるときに何も知らないことで傷つける可能性があるなら、そっちの方がまっぴらだ!」
ヒカリを睨みつけてユカリは吐き捨てる。
本心で好奇心からくる気持ちだなんてもし思っているならば、今すぐに殴りかかってやりたい。
「俺、あんたのこと尊敬してるんだよ。あの子を守ってきたのは、あんただろ?あんたがどうしてあの子と出会ったのかなんて知らないけど、その時から確かにあの子を守ってきたんだろ?あの子が優しいのはもちろんあの子自身の性情もあるでしょうよ。けど、そんなすぐ折れてしまいそうな心を庇ってたのはあんただろ?」
頼むから、失望させないでくれよ。
一息で言い切って顔を背けたユカリに、ヒカルは溜息を吐いた。
「俺を尊敬……か。有り難いことだが、そんな感情を抱かれることをした覚えはないさ」
お前も面倒くさい奴だな。
数分前と同等の台詞を言われて、ユカリはむっと見返した。
だから、ヒカルに言われたくはない。
「余計な事を背負うな。枷になることを、は望んではいないだろう」
「――――ああ、そうか」
真剣な眼差しを返されて、ユカリは唐突に納得した。
彼女がそれを望んでないから、ヒカルは何も言わないのだ。
「……良くも悪くも、かなぁ」
の影響力は大きい。
支えなしでは立つことも出来ない小娘。守られてばかりの幼い子供。世界の醜さを、目を覆われ耳を塞がれることで知ることもない世間知らずな赤ん坊。
が、そう揶揄されるのを聞いた。
いつも五人が彼女の傍らにいるからだろう。
そんなことないのに。いつも守りきることは出来ず、彼女は醜さを知っている。
その上で、目を曇らせることがないだけなのに。
「俺は、ヨルとは違うよヒカルさん。キモチのままに行動することなんて、しない」
「だから?」
「知っても、知らないふりが出来るってことだよ。俺の心の内をさ、こんだけ聞いといて俺には何も教えないのずるいでしょ」
「お前が勝手に話し出しただけだろう」
「それでも、あんたは聞いた」
ここは譲らない。
数秒睨み合って、観念したように息を吐いたヒカルを見て、ユカリはにやりと笑う。
実は身内には甘いことを知ったのはいつだろう。
捨て身の思いで心情を吐露した甲斐があった。これでまだ口を閉ざしたままだったら弱さを晒しただけになるところだ。
「彼女は、何を恐れてるの?」
「何処へかは知らない。だが、ここからいなくなること。絆が、柵に変わること、だ」
重々しく開かれた口に、ユカリは耳をそばだてる。
「ずいぶん、抽象的だね」
「俺もさっきわかったことだからな」
ヒカルは思う。
が命令することを嫌がるのは、束縛を望まないのは、心のない鎖を嫌悪しているからだ。
思い通りにならないのなら、使役してしまえば良いのに。例えば、ボールに閉じ込めて。
かつてヒトが作ったその道具によって、ポケモンとヒトの立場は決まった。
時が流れ、時代は人間の世となり、そのヒエラルキーに疑問を持つ存在はない。
「優しい子だよね」
「ただ、愚かなだけにも見えるがな」
縛れば楽なのは目に見えているのに、はそうしようとしない。そのくせ望むのだ。誰か、傍にいて、と。
愚かだと思う。けれど、だからこそ――――。
「愛しい、なんて」
ユカリがぽつりと呟いた。ヒカルに語りかけるような声の様子ではない。
ただ、一人で納得するように静かにすべらかに。
「まさかこんな感情が俺に在るとは思わなかったのに」
それも、人に。
ヒカルに向けて話しているのではない。
だから、ヒカルはゆっくりと目を閉じた。聞くも聞かないも、自分の自由だ。
彼女が、が現れたときのことを、昨日のように思い出す。
触れ、知っていくたびに恐れがせり上がる。彼女は、いつ自分の前から姿を消すのか。
考えても仕方のないことだ。いくら手を尽くしても、ヒカルにどうにか出来ることではない。
そしてゆっくりと目を開ける。と出会って、格段に広がった世界。
今は、まだ。
逃げなのだとわかっている。けれど今は。
「さっ。感傷に浸る俺なんて俺らしくないや」
普段より高くわざとらしい声を作ったユカリは、勢い良くヒカルの背中を叩いた。
「……おい」
ばしっと景気の良い音がしてヒカルはたたらを踏んだ。見かけに騙されてはいけない。ユカリは中々に怪力だ。
「何か珍しいことだらけだわ。おひーさん放っておくヒカルさんなんて。いいの?今頃襲われてるかもなのに」
ヒカルに物騒なうやからは張り付いていたから、十分にありえること。見た目からして派手なお陰で一番に標的にされやすいのはヒカル。次はユカリだ。
だから、一手に敵と認識できる存在を引き受けているかもしれないけれど。
「お前に言われて初めて気付いた。俺はルナもツユもお前もヨルも、を預けて大丈夫だというほどには信頼しているらしい」
ヒカルにとっては最上級の信用の証だ。
ユカリはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「とは言うもののぼさっとしてるわけにもいかないな。行くぞ」
待ってくれるような優しさをユカリ相手にはっすることもなく先さき進むヒカルを思わず何も言えずに見送る。
そして、それから。
「ははっ、なんだ。俺たち、結構良いチームなんじゃないの」
は軸だ。彼女を失えば全てが壊れる。けれど。
「……そだね。他の奴らも、失いたくはないよ」
開けた視界。目に映る沢山の大切なもの。その中で一番に目に付く、どこか他とは違う存在。やっと見つけた。
「ほいさ。俺たちのおひーさん、迎えに往きますか」
守るべきもの。守りたいと思ったもの。
人をこんな感情で想うことになるなんて。
例えば、すれ違うポケモンを従えている誰かに、その人に連なりゆく同種の彼らも、こんな気持ちを抱いているんだろうか。
理解できないとどこかで嘲笑っていた自分を反省する。
どこまでも自らの身に降りかからなければわからないなんて、やっぱり自分は自分勝手だ。
それでも、遅くはないと言ってくれたから。
往きたいと思う。彼女が向かうところ、どこまでも。
だから、迎えに往こう、彼女を。
一つ、笑みを零してユカリはヒカルを追いかけた。
しがらみだけではなく、繋がるものも確かにあるのだと信じたい