立ち並ぶビル、ビル、ビル。行きかう人ごみ。余りにもの目まぐるしさに、そして熱気に、しばしはその場に立ちつくした。
「うわ」
、御上りさん全開よ?」
からかわれながら楽しそうに掛けられた言葉に、慌てて開きっぱなしであった口を閉じる。だって、こちとらド田舎といっても過言ではないところから旅をしてきた身である。母親の話によると、小さい頃に一度だけこの街に訪れたことがあるらしいが、全くの記憶にはない。ちなみにその母親がワカバタウンより訪れたのはこのコガネシティが最果てであって、この地よりも先に行くのであれば絶対に報告してくれとの電話がかかってきたのはつい先ほどであった。好奇心旺盛な母だ。
「そういうけどさ、アヤメはこの街に詳しいの?」
「うーん、残念ながら、それほどは」
アヤメ。がそう名付けた旅の仲間だ。種族に分類すればガルーラ。頼もしき現在の手持ちの中で唯一の女性である。
、この街の滞在目的は?」
「とりあえずジム戦だよねぇ。あとは……」
「なぁ、。ラジオって持ってる?」
「ラジオ?」
新緑色の髪、それからが愛してやまない孔雀石の瞳を持つ少年が、その美しい目をどこか違う方面に遣りながら近づく。目線を辿ると、ある一つの立て看板に行き着いた。看板は、街と街とを繋ぐ道路に建てられているのもで、道案内や近く開催されるポケモンの行事、はては追剥に注意などと云った笑えないものまで様々だが、一概に旅人にとっては情報を得ることができる便利なものだった。
「……君が見てるのって、あの看板?ごめん、遠すぎて私には文字が読めないのだけれど」
「は?目、悪かったっけ」
「いや、普通には視力あるけどね。君たちの目とは一緒にしないでほしいかな」
眉を顰め目を凝らすがやはり見えないものは見えない。アヤメ、見える?と聞くとええ、とごく自然に答えが返ってきて軽く遠い目になる。やはりポケモンたちの身体能力はすこぶる高い。
「あー、読むよ?『おとくな掲示板!ここから北にあるコガネシティラジオ塔にてプレゼントキャンペーン中!クイズに答えてラジオカードを貰っちゃおう!』」
「ラジオカード?」
は、ポケギアは持ってるだろ?ラジオカードっつーのはだな、その名の通りなんだが、ポケギアに差し込むとそれだけでラジオ局が配信してる番組が聞けるようになるんだよ」
「へぇ、いいなぁ」
無料か……、と思わず呟くと両脇にいた二人がなんとも言えない表情をした。勘違いされたくないがは守銭奴ではない。ただ、今日まで旅をしてきた中で必要のなかったものを大金をはたいて買うことはできないと思うのだ。無料ならば、と考えても仕方ない。ただより怖いものはないなんていう格言も存在するものの。
「じゃあ、せっかくだし行ってみようかな。教えてくれてありがとう、スイ」
「いや、別に……」
「ほんとうに、今日も、きれいだなぁ」
の伸ばす手は振り払われない。それをいいことに頬に手を当てて目を覗き込む。嗚呼、愛する美しき。恍惚という表情さえしたに、スイは困ったように視線を逸らした。拒みはされない。けれどなかなか彼の瞳を正面から覗き込めない。
「……は」
「うん?」
「すごく俺のこと好、き、だよな」
「好きだよ」
どうしてそんな真理同然のことを訊ねるのか。トレーナーになる覚悟を持たなかった自分を一瞬で引きこんだのは彼だった。生命力に溢れた緑、その瑞々しさと力強さ。
「あれ、言ったよね?一目惚れしたって。あんな衝撃初めて体感したよ」
「っ、だっから!!そういうこと簡単に言うなって!!」
「別にアタシのことなら気にしなくていいわよー?」
がスイの頬に手を滑らせた時点からそれとなく目を背けていたアヤメは、視線を横にやって彼女にしては珍しくにやにやと形容しても構わない笑みをスイに贈った。がうっとりとした目でスイを見ることは――もっと正確に言うならばスイの翠玉色の瞳(に言わせるところの宝石)を眺めることは珍しいことではない。むしろ日課ですらある頻度だ。それにもかかわらず照れるスイとからかうアヤメを不思議に思って、は首を傾けた。

わかってない。君は全くと言っていいほどわかってない。
「うるせーよ、どっか行っとけお前!!」
はいはい、と笑いを含んだ返事をしてアヤメは先に街の方へ向かった。その、何でもお見通しなのだと云わんばかりの態度がまた腹立たしい。否、実際に彼女は見通しているのだろう。スイの歓喜も、そして絶望も。
「スイ?アヤメ、行っちゃうよ?」
「俺も」
手を引いて、アヤメに続き先を急ごうとするに、もう力で負けるわけもなくその場に踏みとどまる。ラジオカードは逃げないのだから、ジム戦だって年中やっているのだから、急ぐ必要はどこにもない。
の目、好きだよ」
きょとん、と表情を固まらせるに、苦笑を浮かべてしまうのはどうしようもないだろう。わかってない。俺の、歓喜も絶望も。俺の心の全てを握ってしまったひと。
「え、と。ありが、とう?」
「っく、なんで疑問形なんだよ」
「え、いや、……びっくりしたんだよ。いきなり」
「いつも、俺もいきなり言われるな」
「え、スイ。もしかして仕返し!?」
そんなつもりは微塵もなかったが(彼女の両の黒の目は実際とてもうつくしい)そう勘違いされるなら都合がよかった。スイは歯の浮くような言葉をさらっと口にできる性質ではなかったし、その照れに耐えられる強いこころも持っていなかった。
「さぁなぁ」
この緑の目が好きだと言ってくれる。異形の目を、異端の証を。それだけで何を望むことがあろう。でも、もしこの先経験を積んで、もう一段階の進化もして大きくなって、自分に自信がついたなら彼女に伝えたいことがあった。さっきのようにごまかしながらではなく。
「よっしゃ、ジム戦行こうぜジム戦。もちろん俺出してくれるだろ?」
「えー、先にラジオ塔でしょう?スイが教えてくれたのに」
君より輝くものなんてないよ。





34番道路にて、看板