もどかしいもどかしいもどかしい。
ああ、今の自分の心の中はそんな言葉で埋め尽くされている。
状況打開のために降ってわいたようなハプニングで、もしかすると一番冷静だったのは彼女かもしれない。
『やっぱり、もてるんだね、花井君て』
やっぱり、とはどういう意味なのか、とかそもそも一人に告白されたくらいでもてると断言して良いものなのか、とか掘り下げて彼女に聞きたいことは山のようにあるのだが。
「お前さぁ……」
田島なら。
と、泉は考えた。
春が来たように狂喜乱舞しているのかもしれない。それとも、案外冷静に平然としているのかも。
野球部の四番がどれほど女子に人気があるのかは泉にはわからないためそこは保留にしておく。
少なくとも。そう、少なくともだ。
うかれはするとも頭を抱えはしないはずだ。
「何で、んな落ち込んでんの?オレ、女の子から告られてこの世の終わりみたいな顔してる野郎なんざ初めて見たんだけど」
うるせえよ、ほっとけ。
聞こえないくらいに小さな声でそんな悪態が返ってきたものの、気分は最悪らしい花井に、泉は隠さず大きくため息を吐いた。
さて、どうしたものか。
一つの愛の言葉
泉はその光景にばったりと出会ってしまって、思わずひゅう、と口笛を吹いた。
「あたし、ずっと花井のこと好きだったんだ」
まごうことなき、それは告白現場だった。
しかも、女の子からストレートな言葉を投げかけられているのは、我らが野球部のキャプテンだ。
あー青春だねー。一瞬心を過ぎった、けっ、などと言う悪態はなかったことにする。だって仕方ないではないか。こちとら女の子にもてたい盛りの男子高校生
なのだ。何故アイツなんだ。誰だってそう思うに違いない。
しっかし、可哀想に。
次に泉がぼそりと呟いたのは、そんな文句だ。
どんなに顔が可愛い娘だって、スタイルの良い娘だって、駄目なのだ。花井の気持ちは、今愛を語っている彼女ではない、たった一人に一直線に向かっている。
直接聞いたわけではない。間接的に聞いたわけでもない。別に花井がその子を見てにやにやしてたわけでも、不自然に声を掛けていたわけでもない。
けれど、いや、だからこそ、知っている。
見てるこっちがいらいらするほど、ゆっくりと、ゆっくりと。
それが二人に丁度良いスピードなのだった。
別に、とくに応援している訳でもないのだけれど、花井の視線は、気付けばを追っていて、いやにやさしい表情をしていたから。
あんな穏やかな顔をさせるのが彼女だというのなら、そして彼女も憎からず思っているようだから、陰ながら見守ってやろうかな、とぐらいは思えたのだ。
陰ながら、とはつまり。おせっかいな連中をとにかく引き離すこと。
二人が二人とも繊細なのだから仕方あるまい。他人の後押しが必要になるときは必ず来るけれど。
なにも世界は花井とだけで完結しているわけではない。数えきれないほどの他人に囲まれていて、誰もが誰かと関わり合う。関係しあって、また新たな繋がりを作る。
それをわかっているから、泉は何も全ての邪魔者を引き止めようとはしないし、そんなの絶対的に不可能である。
まだ芽生え始めたばかりである彼らのその気持ちを、無理に引き合わそうとは思っていないだけだ。たとえ傍からみていてまどろっこしい思いをしても。
(だって、壊れるだろ。確実に)
名前も付いていない、その感情が。
憎からず思い合っているのだろう二人がいて、周りの人物の中にも気付いている者はいる。
率直に言うならば、ひっつけ合おうと画策する奴らを牽制する、そんなことを泉はしているのだった。
泉はその現場を目撃してもそう心配はしなかった。
感情を外から押されることは、花井とにとって最も忌避されることだと思うのだ。良くも悪くもお人よし、人の意見を聞く、流されやすいのだから。
だから、このような、(第三の人物からの告白、のような)ハプニングは、ゆっくりすぎる二人には良いことなのじゃないかと。
絶対に靡かない花井に対する信頼があってのことだったのだけども。
(これって覗き見ってヤツ?んでもあっちが勝手におっぱじめたんだしなー)
校舎の影なんていう絶好の告白ポイントで、まさしくその告白劇は繰り広げられていたが、捨ててこいと渡されたゴミ袋を抱えている泉にとっては邪魔以外の何物でもなかった
が、まさかここで「ちょっと通らしてもらうわ」などと平然な顔で横切っていける訳がない。そこまで厚顔ではないし、そもそも一方が知り合いという
時点で気まずすぎるというか。いまさらだがお前ら今は掃除の時間だ。サボりか。
つまりは、泉もそれなりに慌てていたのだ。
「泉君?」
「おわっ!!」
って、やべ。
慌てて口を自らの両手で塞いだが、その拍子に手に抱えていたゴミが落ちて、途端に反応して掴もうとした努力もむなしく、どさりと音をたててそれは
落ちた。
「大丈夫?ごめんね、いきなり声かけちゃったから」
最悪、いや、もしかしたら最善なのか?
ともかくもこれ以上ないタイミングで現われてくれた彼女は、泉の背の向こうに広がっている告白劇には気づいていないようだった。
(セー……フか?)
「泉君。ねぇ、花井君のこと知らないですか?」
「あ、花井……なら」
そして泉は全くセーフなどではないことを知るのだった。
結果として、その出来事は瞬く間に7組全体へ広がった。
自分と彼女の名誉のために言っておくが、決して自分たちが広めたわけではない。
お前、阿呆だろ。
泉はもう喉までせりあがっている言葉をなんとか呑み込む。傷口に塩を塗りこむような真似は、何というか、今の花井にはあまりにも酷すぎる。
そもそも花井たちが青春を繰り広げていた校舎の影は、泉が通りかかってしまったように奥まったところなどではないのだ。
そして、こんな当事者以外にとっては面白く、楽しくて仕方がないことなど波及しないなんてことが土台無理な話だった。
「なっ、?何で……」
大声出せば気づかれるにきまってんだろ。
顔を覆いたくなるような心境で(実際に見てられなくて覆ったのだけど)泉は成り行きを見守った。
花井と、今現在花井の隣ですがりついている女と、少し離れたところでゴミ袋持って固まっている自分と、そして彼女と。
いま一つ状況の把握が出来ていなかったらしいも、顔を真っ赤にしている花井と、近くにいる同級生と、気まずそうな泉をみて思い当ったらしい。
どうなることか。
身構えた泉は、その後大いに驚くはめになる。
は、泉の手を引いて、一目散に駈け出した。
「って、おい。っ」
静止する泉の声も届かず、「もうっ、最悪!何で邪魔すんのっ!?」喚く女の声も聞かず、「……!!」絶句して身動きも取れない花井を置いて。
何の表情も見せないまま、ただ走った。