言っても高校からの付き合いだ。短いと、そう言ってしまえばそれまで。
それは、俺はアイツのことなら何でも知ってる、などという事は例え嘘でも言えないが基本的な性格は抑えているつもりである。
なにせ練習熱心野球部。同じクラスのうえ部活も、となれば多くの時間を共にすごすし、話す機会もその分多くなる。
知っているのだ、彼の面倒見が良いくせ簡単に女子と親しくはなれないことや、彼女の臆病で人と関わることを実は苦手としていること。
何が言いたいのかというと、つまり。
「……なぁ水谷。お前あいつらのことどう思う?」
「あいつらって……。ああ、花井とのこと?」
つまりは、阿部が見る基本的な性質から外れてしまう仲の良さは、いったいどうしてなのか。



側にいることが何よりも



思えば初めからだったような気もする。
花井はに気を向け手を貸し、そしては花井を一番に頼り無防備に笑みを向ける。
割って入ることのできない何か。まるでそんなものが存在するかのようだ。二人は傍らに居ることを認め合っている。もしかすると、無意識に、当たり前に。
阿部は、視線の先に例の二人を見止めて、はぁと溜息を吐いた。
良い雰囲気とは、あのような二人のことをいうのだ。
色恋に関してはまったく詳しくなどない阿部にでも感じられる他とは違う空気。
「水谷。アイツら呼んで。ちょっと今度の練習試合んことで話たいことあんだけど」
「は?自分で呼べばいいじゃん。てか、すぐそこだし」
水谷が不審気に言い返す。
確かに目と鼻の先だ。
どうやら勉強でもしているのか。
険しい顔をしてペンを持ったまま微動だにしないがいて、花井はその前の席の奴の椅子を陣取っている。
ここから確認できる辞書で、その教科が英語だとわかる。


「…………花井君すみません訳せないんですけども」
「あー……っと、そこ、語句省略されてンだよ。ヒント、直前の文中。何かわかるか?」
「ああ、なるほど……うん。わかった。……省略なんかしないでほしいですよね」

三橋やら田島とやらに比べるのはにとって失礼だろうが、苦手な教科があるのは事実のようだ。
以前試験前に赤が付けば部活に出れないということを聞き必死に勉強しているのを見たことがある。
授業態度はマジメ。時々うつらうつらとしているのを見るがそれでも寝ることはない。きっと教師受けも良いだろう。
それにしてはテストに苦労しているように見えて阿部は花井に尋ねたことがある。
何故花井になのか。――――簡単だ。花井が一番彼女について知っているからだ。

――?あぁ、マジメ過ぎんだろ、たぶん。教師の言うこと聞き流そうとしねーから。アイツのノート見た事あっか?

ちなみに彼女のノートは綺麗すぎるほどに綺麗で完璧だった。
これさえあれば何とかなる。そんな感じの。
要するに、あれもこれもとなりがちで要点を整理しきれてないのだろう。
三橋と田島に見せたい、とノートを借りることを頼むと快く了承してくれたのには助かった。
役に立つかわからないけれど。
は恐縮するように言ったがそんな訳があるか、と阿部は言いたい。
エースと4番を試合に出すためにまさかこれだけ苦労するとは。
試験前に主に花井主催で勉強会が開かれることは恒例となっている。
彼女のノートのコピーは彼女には内緒で勉強会先生役の西広以外の全員に配られ、授業中寝ていて聞いていないところを勉強するにはとても役に立つのだ。



心底嫌そうには呟き、花井は目を細めて笑った。
だから、そんな表情が。
「あーべー?」
「……何でもねぇ」
水谷が顔を覗き込もうとしたのを、首を振ることで遮る。
一つ息を落として決心する。
「花井!ちょっといーか?」
花井は振り向くと、勉強中はずっとしている眼鏡を外しこちらへ来た。
に何か一言を残し立ち上がる。
声のトーン、調子、態度、全てが彼女以外の人間を相手にするときと違っていること、本人達はわかっているだろうか。
「何?」
「今度の練習試合」
「ああ。何か問題あった?」
「いんや、なんも。最終確認ってやつ。主将の仕事だろ」
阿部がペラ、と一枚の紙を手渡す。
花井が文字を目で追う。自分も確認したし、たぶん不備はない。
その前にマネージャーたちも見ているのだ。そして彼女達は有能。
「…………ん。オッケーだな。モモカンに渡しとく」
「サンキュ。……に教えてんの、英語?」
「あ?そうだけど」
今まで手元に向けていた目線を阿部に上げると、花井はへと顔を向けた。
「マジメとしか言えないよな。試験までまだまだなのにな」
それに付き合うお前も真面目だ。
とは口に出さずに、阿部は心の中で留めておく。
たぶん嫌がってはない。だとしたら、が何か質問をするたびに口元を綻ばせてはいない。
英語は花井。数学は自分。
数学が嫌いではないと以前洩らしたことに尊敬の目で見られてから、彼女の中ではそんな位置づけのようだ。
「……そういや、が数学で質問すんのは阿部なんだよな」
図らずも同じことを考えていたようで、阿部は思わず花井を凝視した。
「あんだよ」
「いや………………もしかして気になってるか?」
頼られ好き、というか。性格なのだろう。だから主将なんぞ面倒くさいことを引き受けていて、彼女に関わろうとすることも当然なのだと思い込んでいる。
もうそれが当たり前となっている中、そして彼女は十分に頼っているというのに。
「数学も俺が教えてやんのに――――ってか?」
「は!!?誰もんなこと言ってねーだろ!!」
赤い顔で言っても怖くはない。説得力もない。
図星か、と阿部は顔を顰めながらこみ上げてくる可笑しさに耐える。
今の様子では決して本人は認めないだろうが、それは独占欲に他ならない。
「キャプテーン、顔赤いんすけどー」
「あっべぇ、違うっつってんだろ!!黙れ!!」
花井ほどからかうと面白い奴もいないと阿部は思う。
にやり、と意地悪く笑って、睨みつける花井の怒りを助長するように口の端を上げた。
との関係がどういうものであるかはしらない。
どうして知り合っていたのか、どうして必要以上に構うのか、どうして彼女を、見るからに“特別に”扱うのか。
絶好のからかう要因であるソレをいじることが、思った以上に数が少ないことに気付いた。
花井とと会う機会が多い面々――野球部の奴らも、栄口や泉、この辺りは気付いているのではないかと阿部は踏んでいるが、口に出したことはないはずだ。
(ま、理由もわかっけどな)
思い合って、気遣いあって、共にいることで笑える異性。一緒に居ることが苦痛と感じず、自分から近づきたいと思える存在。
そう簡単に出会えるものか。特に、花井やの性格ならば。
付き合う付き合わないの問題ではなくて、それはもちろん、最終的にはそうなるのではないかと阿部は思っていたりするが、その結論に達するにはまだ遠い気もする。
要は下手につついて壊したくないのだ。
阿部たちとは一歩先に知り合いになっていた花井に、は懐いている。
今はただそれだけで、けれどきっと、それ以上の何かだってある。
まさに運命論のようで、恥ずかしくて、自分らしくなくて口には出さない。それ以前に、阿部がどうこうする問題ですらない。
(見てんのもオモシロイしな。――――栄口は純粋に好意でも泉はコッチの理由の方が大きい気がする)
黙っているわけの話だ。
「聞いてんのかよ阿部!そのむかつく笑い方止めろ!!」
「失敬だなお前。まーいいや、!!ちょっといいか?」
大きく名を呼ぶ。
呼ばれた彼女は、睨み合っていた英語と思しき課題から意識をこちらへ向けるとこくりと頷き、何というように首を傾げた。
「うん?どうしたの?」
は阿部のもとに駆け寄ってくる。にやにやした笑いをまだ収めない阿部と、表現しようのない、――――言うならば困りきったような罰が悪いような。
そしてそれとなく赤くなっているように見える。
「どうしたの?花井君」
「……っ、なんでもねーよ」
花井が顔を隠すように少し上に上げれば、の身長ではもう見ることはできない。
こいつはこうやって彼女の、時に恥ずかしくなるような本音――例えば惜しみもなく褒めてくれる言葉や不意に落とされる笑顔なんかを耐えてきたのか、と新たな再発見を。
、今英語やってたみたいだけど、数学は大丈夫なのか?」
「え……っと。阿部君、わかってきいてます?それ」
言葉の外で大丈夫なわけないだろうとの苦笑を滲ませるに、阿部は悪いとこちらも苦笑した。
が言うほど学力が身についていないことはないと思うが、どれでも本人が満足していないなら他人が口を出すべきではない。
お前は大丈夫だ、なんて。そんな無責任なことをいえるほど彼女に対して偉くなりたくない。
(ちょっとお節介でもやいてやるかな)
いらぬ世話。きっとそれだ。
。今回の数学の範囲、花井の方が得意だそうだぞ」
「へ?」
「ちょ、阿部……!!」
何を言い出すんだ。そんな気持ちがありありと読み取れる花井を見て、花井にしかわからないように視線を送る。
「数学、花井も出来ないわけじゃないからさ、聞いてみれば。英語のついでにも」
きょとん、とが花井を振り返る。
嫌なわけじゃないだろ?
固まってしまった花井に阿部は促す。
「花井……君。でも、英語教えてもらってるのでもう十分お世話になってるし……、ってあぁ!阿部君にももちろんですけども!!」
「いや……、だから世話なんてやいてねぇし迷惑じゃないとはもう何十回も言った気すっけど!いいよ、俺でいいんなら数学も聞けって!変な遠慮すんな!」
阿部ももう何十回も聞いた気のする会話だ。
飽きないなこいつ等も。思うもののこれが彼らの常であるため言うこともない。
「あ、じゃぁ、またお願いして良いですか?」
「お、おう」
もう二人でいることがデフォルトなのだ。
気付かない間に、気付かないほどの自然さで。
側にいること、それだけで両方が笑顔になれる。
この世の、どれだけの人間が、そんな存在に逢えるんだろう。
(末永くお幸せに――つか、俺はなんでこんなことしてんだ)
それが花井との恐ろしいところだ。
気を回すこと、別に嫌いではないが阿部の役目として与えられているわけではない。
なのに。
「お前らってホント……」
「はい?」
「なんだよ」
さりげない、けれど小さく心の内をかきたてる影響力。
「恐ろし」
阿部は身震いして、喉の奥で呟いた。



基本的な性格を外れてまでも共にいることに意味のある人。
今はただ、ゆっくり過ぎるほどゆっくりな進行度にいらいらしつつ。
「ねー阿部、花井とってもしかして……」
「それ以上言うな。てかいまさらかよ水谷」
余計なちゃちゃを入れそうな奴を牽制しつつ。
じれったいほどの二人を見守りたい、なんて、自分もどれだけ毒されたんだろう。




7組内は、「え、あいつらもう付き合ってるんじゃなかったの?」と「いつくっつくんだろー、自然が一番なんだから誰も邪魔すんなよ」に別れてます。どっちにしろ微笑ましく見守るいい人たち。
いとさん、企画参加、本当にありがとうございました!!