突然だが、俺には彼女がいる。
とても綺麗に微笑む1つ下の、後輩にあたる女の子。
笑って、泣いて、たまに怒って、そんで、でもやっぱり笑ってくれて。
そんないたって普通の、小さな女の子。
一つだけ違ったのは、彼女は此処ではない何処かからやって来たのだということ。



ならで



いかにも途方に暮れてますって顔で突っ立たれたら、誰でも声を掛けずにいられないんじゃないかと思う。
少なくとも、俺に何食わぬ顔で彼女の側を通り過ぎるのは無理だった。
泣きそうな顔で、けれど泣かずに必死で堪えていて。
初めて会った彼女は、そんな様子だった。
今考えると、もうその瞳捕えられてたんじゃないかな、なんて。

「準さァん。帰り、どっか寄りませんかぁ?」
「あ、悪りぃ、利央。が待ってる」

小雨が降ってきたために予想外に早く切り上げることになった部活終わりに、着替えを終えた利央がいそいそとやってきたのを準太は一蹴した。
野球三昧で、デートなどする時間など、ないに等しい。
突然あいたこんな休みは貴重だ。それをに使わずにどうする。
考える素振りもなく誘いを断られた利央は、年甲斐もなく頬を膨らまし唇を尖らせた。

「準さんって、いっつも優先っすね」
「は?当たり前だろ?何でよりお前のこと考えなきゃなんねぇんだよ」

準太は、さも当然というように答えを返し、アンダーをかばんの中へと押し込むとそれを肩へと掛けた。
さて、メールでも入れようか。それとも、いつも彼女ばかりに来てもらうのも申し訳ないから、こちらから迎えに行こうか。
(この時間なら、図書室かな)
後者に考えを定めた準太は利央の頭をぐりぐりと押し付けた。

「お前も彼女作れば?」
「そんな時間ないでしょぉ?てか準さん。そんな忙しいのによく振られないよね」

その言葉には、苦笑しか返せない。
野球と私、どっちが大事なの?などと言った徒事を口走るような少女ではない。
けれど、だからこそ準太には負い目になるというか。悪いとは思っているのだ。何も不平を洩らさないに甘えているだけで。

「だ・か・ら、こんなときには真っ先に会いに行くんだよ!僻んで邪魔すんなよな」
「僻んでなんかないっすよ!」
「ハイハイ。んじゃ、お先!!」
「うーす。さよならー」

挨拶もそこそこ、準太は部室を後にした。
もう、すっかり冬になってしまった。
野球は夏といったイメージがあるけれど、準太はこうして練習にいそしんでいる。やっている側にとっては季節など関係はなく。
朝から夜まで、どっぷり練習生活だ。
「うわ、寒」
準太は白い息を吐き出す。
は、たまに外で準太を待っている時がある。マフラーを巻いて、コートを着て、防寒はきちんとしているようだが手は凍るように冷たい。

待っているのは苦痛じゃないから。

そう言って、練習終わりに笑顔と共にお疲れ様と労いをかけられるのは隠しても仕方がないから言おう。とても嬉しい。
けれどの体を冷やしてしまうのは嫌だ。建物の中に入れようとした準太に、珍しくは渋った。
曰く、練習を見ていたいのだ、と。
準太を見ていたい、とは言っていなかったけれど、まぁそういうことだろう。
正直に言おう。にやにやが止まらなかった。今でもあの時の嬉しさは残っている。
図書室なら練習が見えるだろ、と準太がそう言ったためにそれからはそこに居ることになった。
いつもたとえ小さくともあった姿がなくなったのは、自分がそうしたくせに何をと思うが少し寂しい。
しかし、そうして良かったと、刺すような寒さを感じながら準太はほっと息を吐く。



私はどうして此処にいるんだろう。
今にも消えてしまいそうに力なく呟いたを、俺は忘れられそうにない。
聞かされたのは、一度耳に入れただけでは理解出来ない話だった。
いくらでも、信じ難い話。
いたって普通の彼女が、此処とは違う所で生まれたなんて。
困惑したように立ち尽くし何も言えなかった時に、眉を下げて弱々しく笑ったを見て、とんでもない後悔が襲った。
――――ごめんなさい、忘れて?
そんなこと!
たぶん、そのことをは誰にも話してなかった。
友人としてときに妬いてしまうくらい仲の良い利央にも、目を掛けてもらっている和サンにも、遊ばれてるけど実は頼りにしてる慎吾サンにも。
が選んだのは俺だったのに。
が俺のいる此処に来た理由をその当時は何も答えることが出来なかった。
けど、今はある思いが俺にはある。
もしかすると、恥ずかしすぎて一生、誰にも言わないけれど。



「――――?」
彼女の特等席は、奥まったスペースにあるグランドを一望できる一席だ。
いつもなら名前を呼べばすぐさま振り返ってお疲れを言ってくれる彼女の反応がないことに一瞬首を捻り、ひょいとがいるはずの場所を覗く。
すると彼女は頬を机につけてぐっすりと眠りこんでいた。
ああなるほど、だから返事がなかったかのか―――ではなくて。
?風邪引くぞー起きろー」
軽く肩を叩く。触る体は小さく細く。
抱きしめればすっぽりと収まってしまう体。力を込めれば、折れてしまいそうな。
全力で抱きしめてなどいないのに。それほどに、大事に扱わなければと思わせる。
なんどか揺すっても起きないに、準太は溜息を吐いた。
こんなに眠り込んでいるのも珍しい。
時間なら今日はいくらでもあるのだからもう少しだけ寝かしてやろう。
あくまで少しだけ、だ。
寝顔を見つめるのも悪くはないが、やっぱり瞳に自分を映してほしいから。

「例えば、さ」

誰も聞いていないをいいことに、準太は独り言のように呟いた。

「例えばお前がまた不安に駆られて、此処にいる理由が必要になるんだったら」

桐青はキリスト教系の学校だが、準太自信は熱心にカミサマを信じてはいない。
けれど、もしそんな存在がいたとして、そのカミサマがを此処へとやったんなら。

「俺と会うために来たんだろ、

髪を梳きながら、静かな声で言う。
こんな恥ずかしい台詞を誰かに聞かせるつもりは毛頭ないけれど、お前になら。
何度でも言ってやるから。



彼女が起きたら、何と声を掛けよう。
まず、ちょっとからかった口調で「お早う」なんて言って、それから。
「……準太さん?」
それからやっぱり。
掠れた声を出して目を擦るに、準太は笑いかけた。

「待っててくれてありがとな。……これからもよろしく、

彼女が自分のもとから去るときがきたとしても、俺は放せはしないだろうから。




あくまでIF話。びっくりするくらいに甘くなった。
続きませんのでご了承を。それにしても楽しかったです。