「・・・え?」
何の変哲もない住宅街に、右手に紙切れを握り締めた女子高生が一人。
どこもおかしくはない光景だった。
「・・・え、え?」
少女自身ではなく、傍から見た第三者にしてみれば、の話ではあるが。



紡ぐ 01



自分が方向音痴であることは理解している。
しかし、もう何度か通ったことのある学校と自宅までを迷うほどではないはず。
道がよくわかっていないからこそ自分は理解した道しか通らず、近道であるように思えたとしてもそんな誘惑にはのらない。慎重になるのだ。
だから、そう。だから。
見知らぬ道に迷い込むことになるなど、は思ってもみなかった。
迷いこむ、というよりはむしろ、一瞬で、瞬きの間にどこか違う場所へと飛ばされたような。
「有り得ない・・・とは思うけど」
では、この手にあるこの紙切れは?
の右手には、地図が書き入れてある紙が握り締められていた。
見たことのない地名。聞いたことのない番地。
まさか、夢?
けれど、道の真ん中で眠れるほど、は器用ではない。
さっきまでは、本当に普通には帰宅途中にあったのだ。
「どうしろって、言うの?」
この地図に書いてある場所へ行けと、そういうことなのだろうか。
見たところ、アパートの住所のようだった。
手がかりはこれだけ。だから、に残された選択肢はそこへ辿り着くことだけ。
「でも、・・・どういけばいいかわからない」
は、道の真ん中に立ちすくんだ。


「・・・う・・・おっ!!すんません!!」
キイッと聞こえた高いブレーキ音に、は弾かれたように飛び上がった。
そのまま体勢を崩し、しりもちを着く。
痛い。思いっきり腰を打ってしまった。受身などという高度な技を、がとれるわけもなく。
「すんません!!大丈夫っすか!!」
ガシャンっと、自転車が倒れるのを気にもとめず、随分と慌てた様子でこちらを伺う相手に、は申し訳なく思った。
どうみても道のど真ん中に突っ立っていた自分が悪いのだし今転んだのだって自転車に当たったのではなくて驚いて勝手に転んだだけだ。
あなたが、そんな顔することなんてないのに。
「あ、大丈夫、ですよ。ごめんなさい。ぼーっとしてた私が悪い・・・です。当たってないです。びっくりしただけで」
「いや、俺が悪いっす!!ほんとすんません!!立てますか?」
差し伸ばされた手をありがたく貸してもらい、は立ち上がった。
「どっか捻ったりしてないっすか!?」
「え、大丈夫、です」
その言葉に、足首を回してみる。しかし痛みもなく違和感もない。
腰を打ったがそれだけで、本当に心配されるようなこともない。
いまだ心配そうにを伺う少年に、少年の背は思ったよりも高く見上げねばならない形だったがは無事を伝えるために微笑んだ。
「大丈夫、ですよ?」
やっと納得したのか、彼は、はーっと大きな溜息をつくと良かったですと気の抜けたように笑った。
「危ないっすから、端よった方がいいっすよ」
「あ、はい。・・・すみませんでした」
「じゃ」
倒れた自転車を起こし、跨って軽く会釈をした彼をそのまま見送ろうとして、そこではたと気付いた。
「あっ!!あの!!」

せっかく会った人物に道を聞かなくてどうする、私。

振り返ってくれた彼に、勇気を出して尋ねる。
「此処、どう行けばいいかわかりますか?」





「重ね重ね申し訳ないです・・・」
「いや、どうせなら最後まで」

地図を覗き込んだ彼は、ああ、わかるよと一言いい、この道をまっすぐ行って・・・と丁寧に説明してくれたのだが、の頭はすぐに一杯になった。
これはもう仕方のないことなのだと思う。道が破滅的に覚えられないのだ。直そうと努力したが無理だった。
混乱をきたしているを見て、少年はそこまで連れて行きましょうかと苦笑しながら尋ねる。
とても助かる。は、即刻頷いた。

「ちょっと遠いっすし・・・。自転車、後ろ乗れますか?」
目で促されて、はびしりと固まる。
「ご・・・、ご、ごめんなさい」
「へ?」
「あ、あのごめんなさい。私自転車乗れなくて!!」
ああ、面倒をかけまくりだ。は傍目にわかるほどに項垂れた。
「遠いんでしょう?あの、ならそこまで迷惑かけられません。途中まで・・・、えと、覚えられるまで道教えてもらえれば、そこからまた違う人に聞いてみます」
「・・・いいっすよ、歩いていきましょう。遠いっつってもそんな距離ないし帰りは自転車乗ればいいだけの話だし」
何より、もう日も沈み暗くなっている。
電灯もないこの辺りは、少々危険にも思える。
少年は空を見上げた。
「で、でも」
「いっすよ。それに、ここで放っといても何か目覚め悪いっすし」
面倒見がいいのだろう。は、そんな様子に思わず笑みを零した。
こう言えば失礼かもしれないが、いらぬ苦労を背負っていそうな人だ。
けれど。
「助かります。・・・ありがとう」
訳のわからない状態に陥ってはいたが、心が温まった気がする。
何とかなる。そんな気がした。



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