何も知らない街。
この街の地図は、まだ真っ白だった。
それでもこの土地が優しく感じられたのは、きっと。
初めに会ったのが君だったからだと、思っているよ。



紡ぐ 02



「それで、あんな道の真ん中で何したんすか?」
自転車があるのにわざわざ押して付き添ってくれている彼は、ふと思いついたかのようにに尋ねた。
確かに、不審だろう。あの時の自分は挙動不審だったと今なら思える。
「えっと、すごくパニックになってて・・・。どうすればいいかわからなかったから」
「・・・迷子?」
「迷子・・・。うん、迷子・・・ですね」
この年になって、という気がひしひしとする。
その証拠に、隣で少年がクツクツと笑っているがわかった。
必死で堪えてはいるようだが堪えきれていない。
「・・・」
「・・・すっ、すんませんっ・・・っ!!」
「ううん、私がアレなだけなんですけど・・・。恥ずかしい・・・」
笑われても仕方ないと思うので腹は立たなかった。
しかも親切に道を案内してもらっているのだ。文句など言える立場でもない。
「いくつ・・・か、聞いてもいいっすか?」
「16ですよ。高1、です」
「え!?」
「え?」
あげられた驚きの声に、も驚いた。
「あ、いや。同じ年なんすね。俺もです。西浦高校の1年」
「そうなんですか・・・。すごくしっかりしてるから・・・もっと上だと、思って、ました」
もしかしてさっきの「え」はのことをもっと下に思っていたからなのか。
迷子になんてなっているのが自分と同じ年だとは思わないだろう。
「下だって考えてました?」
指摘すると、少年はうっと詰まらせた。
ここまで顔に出てくれるといっそ清々しい。
は、声を上げて笑った。
「あはは、まあ私もこの年で迷子とか信じられないですけど。でも、いきなり訳わかんないとこに放り出されたら、ねぇ」
「そいやぁ、親戚の家かなんかっすか?越して来たにしちゃぁ時期が中途半端すぎ・・・、あ、此処っすよ」

目の前で指差されたのは、何の変哲もないただのアパートだった。
手元の紙を見る。
二階建てアパートの二階、206号室。一番奥に位置している部屋だった。
(えぇと、此処からどうしようかなぁ・・・)
急に、不安が押し寄せてくるのが分かった。
というより、今までが妙に落ち着きすぎていたのだ。たぶん、まだ隣にいてくれている少年のおかげで。
「・・・あ!あの、わざわざありがとうございました!!」
「いや、困った時はお互い様ってことで」

「おや、あんたかい?お嬢ちゃん。今日越してくる女の子ってのは」

おそらく大家であろうと思われる恰幅の良い女性が二階の一部屋かららを見下ろしていた。
「(越してくる・・・?)あの、206号室・・・」
「そうだよ!!206号室の、さんだね?」
ありがたいのかそうでないのか。
突然飛ばされた見知らぬ土地に、の住むところはきちんとあった。
「あの・・・」
「その年で一人暮らし!親が近くにいないんじゃ、一応の保護者ってのはあたしになるのかねぇ?何かあったら頼っといで、お譲ちゃん」
「あ、ありがとうございます」
感じのよさそうな人だ。
の不安は少しなくなった。ぺこりと頭を下げ礼を言う。
何がどうなっているのかよくわからないが、とりあえずこれが夢ではないのならは今日からここで暮らすということになる。
「一人暮らし!?」
「あはは・・・、みたい、ですね」
驚いたようにこちらを見やる少年に、は曖昧に微笑んだ。
自分だって訳がわからないから、あまり深く尋ねないでほしい。
願いが通じたのかはさだかではないが、の心配をよそにそれ以上何か聞かれることもなく少年は今度こそ、じゃ、と短い挨拶をした。
「あのっ」
本当に世話になった。親切な人でよかったなあと今更ながらに感謝の念がわく。
「ありがとう」
「ん。じゃ、な」


ちゃんでいいかい?西浦の生徒さんだそうだけど、学校は私服なんだねぇ」
学校。
すっかり忘れていた上に、どこかで聞いたことのある学校名。
学校というものは平日は決まってあるもので、明日は平日。
たぶん恐らく私の記憶が正しければ私はあの彼と同じ高校ということだ。
ここで問題なのはその学校の位置。
まったくもってわからない。そして、朝に迷うほどの時間があるとは思えない。

「すみません!!親切にしてくれた今自転車乗ってるそこの人!!!」

いくらの迷惑をかければいいのだろうか。
途方もなく恥ずかしい。
自転車を今にもこぎ出しそうだった彼に、間一髪で引き止める。
振り返った彼の顔はどんなだったか、怖くてみることができなかったのだけど。

「あの、西浦までの道、教えてもらえませんか?」

私が頼れる人、あなたしかいなくてですね?



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