笑っているはずじゃないのかもしれない。
見知らぬ土地、見知らぬ人。
けれど、泣きたくなんてなかった。笑っていたかった。
そして、笑うことはできた。
あなたのおかげ。
全部だと、そう言い切っても良いほどに。
紡ぐ 03
「もうほんと・・・知り合いとかいなくて私いきなり来たものですから・・・」
「泣きそうな顔で縋り付いてこられちゃあなぁ」
「ごめんなさい」
「謝んなよ。本当に迷惑ならここまで面倒見てないって」
は翌日、自転車を押した昨日の少年と歩いていた。
切羽詰ったの様子に押されたのか、彼はアパート前までを迎えにまで来てくれた。
何度お礼を言ってもいい足りないくらいだ。
「そういや・・・」
少年の何か言いたげな言葉には首を傾げた。
「何ですか?」
「名前」
「・・・ああ!!」
初対面で、これだけ濃い付き合い・・・、とはいってもが一方的に頼っているだけなのだが、をしているにも関わらずそういえば知らなかった。
「すみません。そんなことも言ってませんでしたね」
「いや、聞いたのは聞いたんだけど、あの大家が言ってんのを。俺の名前言ってなかったなぁと思って」
あの後、大家さんからいろいろと教わった。
私はあのアパートの一室で一人で入居したこと。学校は昨日聞いたように西浦で、もう手続きは済んでいるらしい。
準備がいいなぁと感心したものだ。
とにかく学校へは行けば良い状態になっていた。
眠りにつくとき、夢なんじゃないかという可能性も含めて期待していたのだが、彼は迎えに来た。
これは現実だ。
「教えてもらえますか?私も、もう一度。 、です」
知っているようだが、名乗るのが礼儀だろう。は名を告げた。
「花井。花井って・・・呼ぶときは呼んで」
「花井君。よろしくお願いします。・・・お名前は?」
変なことを聞いたつもりはなかったのだが、花井は固まった。
そして、なんとも形容しがたい顔色になると、言いにくそうに口を開く。
「・・・・・・・梓だ」
が口を開けるその前に、花井は勢いよくまくし立てた。
「呼ぶな?呼んでくれるな?というかもう俺は二度と口にしない。名乗ったが忘れろ。忘れろ、いいな」
「え?え?う、うん」
どもりながらも返事をすると、花井は、はあ、と小さく息を吐く。
大袈裟でなく疲れたふうに見える彼に、思わずおかしい気持ちになる。
「嫌い・・・じゃないけどなんつーか恥ずかしいんだよ」
もう一度呼ぶなよと念を押されて、はクスリと笑いながらはいと頷いた。
「はーないー!おっす!!何で自転車乗ってねーの?・・・って、お?」
門を抜け、職員室の場所を教えてもらっていた途中突如響いた声に、はびくりと身体を震わした。
花井に被さり姿は見えない。声の主もそれは同じのようで、ひょいと顔をのぞかせた。
「女の子!?どちらさん?」
「え・・・っと」
「はよ、水谷。脅かすなよ。、危害くわえないから怯えんな」
驚いただけで、別に怖がってはいないのだが。
は曖昧に微笑んだ。
水谷、と呼ばれた彼は花井の友達だろうか。随分と親しそうに見えた。
「あ、ごめんねでかい声だして。俺水谷」
「 です。転校生、ですかね」
「転校生!!マジ!?何、花井とどういう関係?」
興味深げに覗き込んでくる水谷を、花井は容赦なくはたいた。
それはもう、豪快に、遠慮なく。
ゴンッ、という景気の良い音がし、びっくりして水谷を見ると彼は涙目になりながら頭を抑えていた。
「い・・・ってぇ」
「は、花井君!!」
「水谷無遠慮」
「だからって叩くことねぇじゃんよー」
いまだうめき声を漏らす水谷に、は心配気に声を掛けた。
「あの、大丈夫・・・?」
「あぁ、うん。まあ俺が悪いし。ってか、本当にどういう知り合い?」
「どういう・・・ですか?」
彼の乗った自転車に轢かれそうになって(これは自分が悪いのだが)、道を丁寧に教えてもらって(わざわざ自転車を降りてまで)、そして学校へ行くため迎えにまで来てもらった。
確認すべきでもないが、頼りすぎだ。
そして彼との関係。
たまたま道端で会ったというだけの。
「・・・花井君何かほんとうにすみません・・・」
あらためて申し訳なさが募る。
「え!何、どうしたの?」
いきなりこうべを垂れたに慌てたのは水谷だった。
「気にすんなって言ってんだろ」
対して苦くながらも笑っているのが花井で、の頭を二、三回ぽんぽんと軽く叩くともう一度同じ言葉を口にする。
「気にしてないからさ」
「あー、・・・さん?」
呼ばれ顔を上げるとそこには優しげな笑顔があった。
「何かよくわかんないけど、花井なんかどんどん使っちゃえって。ほっとく方がストレスんなるんだからさ、頼ればいいよ」
にへら、と締まりなく笑った水谷に、もつられ微笑む。
そして考えるのはやっぱり花井は面倒見がいいのだ、ということ。
頼りがいがあるのだろう。それはもよく知っている。
「お前な、その言い草って・・・」
「いらない苦労背負ってそうですよね」
「あ、わかる?そうなんだよね、可哀想にーほんっと苦労人」
「お前らな・・・」
あははと笑いあうたちに花井が顔を歪ませたのがわかったが、怒っても仕方がないとでも思ったのか、彼は大きく溜息をついただけだった。
「水谷、を職員室連れてくからホームルーム遅れるかも」
「ん。了解、言っとく。・・・って、うわやば」
早めに着いたはずなのだが、話している間にずいぶんと時間が過ぎた。
時計を見ると後5分ほどでチャイムがなる。
「え?花井君、そんな、一人で探しますし・・・」
「別にいいって」
「まじ、やば。じゃ、花井にー、またねー!!」
急いでいるというのに律儀に手を振ってくれた水谷にも振りかえし、あらためて花井の方を向く。
「でも、遅れるのは・・・」
「ちょっとした内緒話だ」
関係ないように思える話の切り出し方に、は首をかしげた。
「結構入り組んでんだよ。この校舎」
花井が建物を見上げるのにならって、もまた校舎を見渡す。
大きく広く見えるし、ここに通っている花井がそう言うのだからその通りなのだろう。
けれど、それがどうかしたのか。
「んで、教室まで・・・、って、俺とアイツ同じクラスなんだけどな?ここからじゃ遠回りになるからどう頑張っても5分じゃ間に合わないんだよ」
ということは、つまり。
「水谷君は、遅刻決定?」
「まあ、そういうこと。で、俺も遅刻っちゃあ遅刻だけどお前職員室に連れて行くっていう名目がある訳だ」
確かに水谷には聞かせられない内緒話だ。そして、を目的の場所まで連れて行かねばならない彼も考えにも納得した。
「ふふっ、考えるなぁ花井君」
「おー。てことでお前を連れていくのは俺のためでもあるから気にすんな。じゃー行くか」
意外に抜け目のないあなたに笑ってしまったのは秘密。
それでも、私と一緒ではなかったら遅れることもなかったのだから、私に気を遣ってくれていることには気付いたよ。
また胸があつくなる。
おかしいなぁ、と人事みたいに思った。
人の親切が、こんなにも暖かだなんて。
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