可愛い笑顔、さりげない優しさ、包み込むような暖かさ、そして差し伸べてくれる手。
彼らは皆親切だった。
涙腺が緩んでしまったのは、ほっとしたのもあるんだよ。
とても、とても嬉しかった。
紡ぐ 04
不思議な縁もあるものだ。
「改めてよろしくお願いします」
実は、願ってないこともなかった。
彼は親切だし、頼りがいがあるし、には他に知り合いがいなかったから、同じクラスになれば心強いなと思った。
それはとりとめなく願っていたことで、違うクラスであっても仕方ないなと素直に諦めのつくこと。
まさか本当にそうなるとは。
「おう。しかっし妙な所縁だよなぁ」
職員室で教師に引き渡され、さよならありがとう、と挨拶した直後、何言っているんだお前ら同じクラスだろと言い放った担任の言葉は衝撃だった。
と花井は、即座に顔を見合わせ、そしてその後思わず吹き出す。
何ていう縁だ。担任に変な顔をされたが、そんなこと気にもならなかった。
「祝同じクラスー!!」
「よろしく、水谷君。遅刻どうなった?」
今は昼休みだ。
良いクラスだな、とは思う。
両手を広げて待ってくれているような。入るのが怖くない。
「それがさー、ちょっと聞いてくれる。俺も花井にならってに付いていきゃよかったー」
溜息をもらしながらの姿勢に、間に合わなかったのだなと苦笑する。
ちなみに花井の遅刻は予測通りに免除された。
「水谷君、花井君?」
花井の魂胆を知ってしまったがために曖昧に笑うしかないの耳に、可憐なソプラノが聞こえてきた。
自分が呼ばれたわけではないが、周りにいた二人の意識がそちらに向いたのでも伺い見る。
(女の子だ・・・)
肩ほどの茶色気味の柔らかそうな髪にふんわりとした雰囲気。
媚びたふうではないけれど、可愛い声。
「篠岡、どした?」
「うん、あのね」
ちらちら、と目線が合う気がして、は内心首を捻った。
「二人とも、さんと知り合いっ?」
「へ?」
ぼんやり見ていた彼女の口から出た自分の名前に間抜けな声が出てしまったのを慌ててごまかしつつ、は改めて目の前の彼女と目線を合わせた。
もじもじと、赤い顔の彼女を見て、もまた頬が熱くなる。
「何で見詰め合って顔赤らめてんだよ、二人とも」
「いや、何か」
「え?うん何か」
誤魔化す言葉もまた妙に重なり、再び顔を見合わせる。
にへら、とは彼女と二人して笑った。
「さん?初めまして、篠岡千代っていうの」
「です。こんにちは」
「あのね、話しかけたくて。花井君と知り合いそうだったから、勇気出しちゃいました」
えへへ、と笑う千代は、彼らとどんな知り合いなのだろうか。
そんな疑問が顔に出ていたのか花井が説明してくれた。
つくづく周りを見ている人だ。は素直に感謝した。
「篠岡はマネージャーなんだよ」
「あ、うん、そうなの。野球部のだよ」
「花井君も、水谷君も?」
「おう」
へぇ、とは口に出した。そういわれればそうっぽい。
最も、ここでバスケ部とでも言われればまたそう見えるのだろうけれど。(ただし文化部といわれていれば別のへぇになっていたと思う)
「千代ちゃんって、呼んでもいい?」
せっかく話しかけてくれた同性の。
是非とも友達になってほしい。これからの学校生活が一人ぼっちというのは寂しすぎる。
は期待の目をもって千代を見つめた。
「もちろん!やった!友達?友達になろ!勇気出して良かったよぉ!」
ちゃんって呼んでいい?という言葉に、は笑顔で頷いた。
こちらこそ、話しかけてくれてありがとう。そんな気持ちも込めて。
「良かったな」
そう笑ってくれた花井と水谷にも、これ以上ないほどの笑顔で応えた。
ほんとうにありがとう。
「そいやぁさ、阿部は?」
「知らねぇ。食堂じゃね?」
次、五限目は移動教室だというので、は千代にどの教科書を持って行けば良いのか尋ねていると、そんな花井と水谷のそんな声が聞こえた。
「でも、もうすぐチャイムなるよ?」
会話に千代が交じるということは、その彼か彼女も野球部に関する人なのだろうか。
「阿部君?阿部さん?」
「くん、君!!男!野球部の捕手だぜー」
「阿部ならわかってんだろ」
「だよね、阿部だもんね」
そんな会話を後ろに聞きつつ、は千代にならって教室を出る。
構造が複雑だ、と花井も言っていたから、早く覚えなければ。学校で迷子なんて、そんなの嫌だ。
後で案内してくれる、と千代が言ってくれたから何とかなるだろう。
いい子が友達になってくれて良かったな。
意図せず顔が綻んだその時。
どんっ、との身体に軽くはない衝撃が走る。
「っ!!」
ぐらっと後ろに倒れこむ体と、そのせいで手に持っていた教科書類がするりと抜け落ちるのがわかって、しかしどうしようもない。
「ちょ!」
慌てたように手を差し出してくる少年が見えて、どうやら自分はこの人とぶつかったのだと納得した。
またしりもちをついてしまうのかと思った瞬間腰に手の感触があって「はぁ」と掠れた吐息が聞こえた。
が倒れる前に少年は間に合ったらしい。
「こっちもセーフ」
そういえば教科書が落ちた音も聞いていない。
見ると水谷が抱えていてくれて、はいと差し出されたそれを感謝の言葉を言い受け取る。
「あ、ありがとう」
受け止めてくれた彼にも礼を言う。
「いや、ごめん。見えなかった」
見てなかったのは此方も同じだ。
も不注意を謝った。
「阿部、注意力散漫ー」
「うっせぇ水谷」
「、大丈夫か?」
「ちゃん!!大丈夫?」
また人とぶつかってしまったという思いで苦笑しながらも、気遣ってくれた二人に無事を伝える。
「お前も良くぶつかるな」
「本当に。気を付けます・・・」
まったく苦笑いしか返せない。その証拠に花井もそんな表情だった。
進歩のない自分に情けなくなる。次は気を付けよう。
「あの人が、阿部君?」
「あぁ、放っておいても大丈夫そうだろ?」
その評価もいかがなものか。
そうだねとも返せないので曖昧に笑って流す。
「悪い花井、待たせた」
「ちょっと阿部、俺には?」
「お前に掛ける言葉なんてない」
「ひでぇ!!」
「てか、どちらさん?」
阿部の目線がに合ったのを見て、は多少混乱した。
7組の教室に入って教科書と取ったということは彼は7組の人間だろう。
けれども、自分は今朝この教室で緊張しながら自己紹介をした。(心臓が煩かった。人の前に立つのは得意でないし好きでない)
「え?あの、です。転校生・・・なんですけど」
「は?転校生?」
「前で自己紹介してたじゃねぇか」
「・・・・・あー」
ばつが悪そうに頭をかく阿部を見て、は思い出した。
確か。そうだ確か一人だけ。
「あっ!!机に突っ伏してた人ですか!!?」
「阿部、さてはお前、寝てたな」
花井の言葉に阿部は悪びれず「ああ」と答える。
潔すぎて面白い。
「見覚えないはずだよ。あぁ、俺、阿部隆也」
「です」
「ちゃん、皆!急いでチャイムなるよ!!」
千代の声に周りを見渡して見れば、ちらほらと見受けられていたはずのクラスメイトの姿はなかった。
「うわやべ」
「阿部のせいだー」
「うるせぇ黙れ」
「ちゃん走れる?」
「え、走るの?」
廊下は走るな、との何処の学校でもある決まりを守るほどの余裕が、たちには残されていないらしい。
一番早くたどり着ける道を知っている3人の後を、は千代に手を引かれ走った。
初日から授業遅刻は嫌だなぁ。
けれど、そうなってもきっと自分は笑っていると思った。
「っ、篠岡、教科書貸せ!」
「あっ、ありがとう!」
無理やりとでもいえる動作で花井にひったくられた教科書がなくなったお陰で、走ることに集中出来る。
(置いていかないんだ・・・)
きっと、笑って過ごせると思うから、私は。
取りあえず、どうにか間に合って笑い合えればいいな。
もう既に、の顔は綻んでいたのだけれど。
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