一緒にいたい。
その想いこそが、原動力。
紡ぐ 05
「ふう」
一日目、無事終了。
は腕を後ろにやり身体を伸ばした。
ずっと座っているというのも、なかなかどうして疲れるものだ。
「お疲れ、ちゃん」
「千代ちゃんも」
本当に良い日だ。なんていっても、こんなに良い友達が出来た。
話しかけてくれた千代にも感謝で、そのきっかけをつくってくれた花井達にもまた感謝だ。
「これから部活?」
「うん」
「そっか」
頑張って、と、そう言おうと口を開いた瞬間、名を呼ばれは振り返った。
「、これからどうするんだ?」
「どうする・・・って?」
「帰るのか?帰れるか?」
花井がそれはもう心配そうに伺うので、は自分の信用のなさ、というのか花井にそんな思いを抱かせる道覚えの悪さに苦笑した。
そうだ、私は帰れるのだろうか。
「・・・どう・・・だろう」
今朝は花井に付いて来ただけで(しかし道を覚えようという気はあったのだ)、一人でその逆をたどれと言われれば自信がないのが本音である。
自然と小さくなる声に、はぁ、と花井は深く嘆息した。
「送ってやってもいいんだが俺は部活だしな・・・」
「い、いいよいいよ。大丈夫だよ」
さすがにそこまでしてもらう訳にはいかない。は慌てて首を振った。
というか、どこまで面倒見がいいのだ彼は。心配してくれるだけで十分だ。
「ちゃん、部活は入らないの?」
千代がこてんと首をかしげた。
それについては、は迷っている途中だった。特に熱心に取り組んでいるものなんて何もなかったから、別に何でも良いのだが。
運動神経が秀でている訳ではないから、激しい練習をこなしているところには付いていけないだろう。
それに、途中からというのも入りにくい。
そのようなことをぽつぽつと洩らすと、千代はとたんに顔を輝かせた。
「じゃあさ、マネジ、やらない?」
「え?」
「ああ、そうしろよ。部員一年だけだしマネジ篠岡しかいないから入りにくいなんてことないし」
「え、あぁうん」
「あ、でも問題は朝早くて夜が遅いってことだな」
深刻そうに呟かれたその問題に、は首を捻る。
朝練なんてものはたいていの部活でやっているし、強いところは夕方ぎりぎりまでやることも珍しくはない。
何が障害になるのか、と花井の顔を見ると、彼は困ったように眉をよせた。
「朝5時から夜9時までだ」
「・・・それはそれは」
「今日は朝練なかったんだけどな。放課後はあるから」
また熱心な。は感心したような呆れたような、なんとも言えない気持ちになった。
それでも花井の表情に嫌がっている素振りは見えない。
逃げ出すようなタイプには見えないけれど、練習とは得てして厳しいものだから、少し意外だった。
楽しい練習というのは、よほど工夫しないとできるものではない。
「私、野球ってほんと初心者だけど、それでもいいのかな」
「もちろんだよ!初心者の子だって部員でもいるよ!!」
「俺も誘っといてあれだけど遅くなるぞ?しかも歩きだろ。大丈夫か?」
「うん、それは大丈夫」
部活なのだから怒られることなんてないし、それに怒る人もいない。
「私一人暮らしだし・・・。知ってますよね、花井君も」
私には誰もいないから、大丈夫。
そう言うと花井は妙な顔をした。
どうしてそんな顔をするのか、には理解できなかったがしかし。
(似合わないよ、哀しい顔は)
全力で笑う方が彼には相応しい。
そして、そんな彼をは見たいと思った。
「?」
「あ、阿部君。マネージャーの仕事・・・取りあえず手伝ってみたいんだけど、いいのかな?」
「いいんじゃねぇの。篠岡は?」
「飲み物も用意して来るって。付いてくる?って言われたんですけど挨拶先しといた方がいいかなぁって思って」
自転車にジャグを括り付けるまでは手伝った。
今言った理由もあるのだが、は自転車に乗れない。走って行っても良かったのだが、そうまでして千代を手伝えることがあるとは思えないしきっと気遣われるだけだ。
「そっか。あ、監督あっち」
「ありがとう」
指差された方へ向かう。
もうアップに入っている人たちの邪魔はしないようにして、ベンチを目指す。
(視線・・・?)
見慣れない人が入ってこれば目立つだろうが。
(やっぱり好きじゃぁないな)
とにかく、今は顔合わせだ。
花井や千代の話。それに水谷や阿部の練習に向かう楽しそうな姿を見ればおのずと心が弾む。
まさか色々な驚きが待っているとは、思いもしなかったけれど。
「マネジ希望!助かるわぁ!人数がいないのよ!!」
「はぁ、えっと、知ってます」
まずは監督が女性ということに驚き、その勢いに驚き、「あ、花井君メニューわかってるよね?」「はい!」またその統率力に驚き。
(格好良い・・・)
率直な感想だ。
「 。転校してきました」
「あら、そうなの」
「いい加減な気持ちで部員達の邪魔はしません」
あれだけ。今日一日でも分かった彼らの真剣さや楽しんでいる気持ちをぶち壊したくはない。
本当に野球が好きみたいだったから。その気持ちはきっと掛け替えのないものだから。
何も知らない素人だけど、せめてそれだけはと心に留めておく。
「だから、お手伝いしても良いですか?」
人の顔を見つめるのも苦手だ。
しかし目を逸らしたい気持ちを抑え監督を見る。どうか、伝わってほしい。
にっ、と監督は嬉しそうに笑った。
それを見て、はほっと息をつく。知らず身体に走っていた緊張が抜けるのを感じた。
「そこまで思っていてくれるならこっちから頼みたいくらいよ!!よろしくね、ちゃん。監督の百枝です」
「はい!よろしくお願いします」
「取りあえず、千代ちゃんにいろいろ聞いてみてくれるかしら?」
「わかりました」
笑顔で頷く。ちょうど千代が数学準備室から帰ってくるのが見えて、は千代一人では重そうなジャグを運ぶのを手伝うために駆け出した。
マネージャーは今まで千代一人だったのだという。
凄いな、と思った。
選手とはまた違った大変さが支える役目には確かにあるから。
それだけ野球が好きなのだ。だから千代にとって特別である野球に関わることを誘ってもらえたのは、本当に光栄でありがたい。
「頑張るぞ」
失望させたくはない。だから、私は私の精一杯で。
は人知れず呟いた。
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