唐突に終わり、そして始まった新たな日常。
これを運命と呼ばずなんと言おう。
恨んではいない。嘆いてはいない。
こんなにも優しい人がいる。
紡ぐ 06
「新しいマネジ!!?」
「 です。よろしくお願いします」
きちんと自己紹介が出来たのは、おにぎりを配り終えたその時だった。
千代に混ざり部員に差し出す際、お前は一体誰なんだという視線に耐えられなくなったためだ。
というよりむしろ、一人の言葉に。
「お前、誰?」
こんなにも直接に問われたのなら、答えない訳にはいかない。
そこに余所者を嫌がるような心情は見られず、言うなれば好奇心。キラキラした目で見られても、そんな珍しい存在でもないのにと苦笑がにじむ。
「おーよろしく!オレ田島!!」
「あー、マネジだったのかぁ。何者かと思ったよ」
「え・・・と?」
当然ながら、全員をまだ把握してはいない。投手は誰、捕手は誰くらいはわかる。
外野手があの人とこの人。内野手が誰それ。
千代に教えてもらいながら、そこではストップを掛けた。それがどこを指しているのか分からない。
このため、にこにこと笑顔を浮かべている話掛けてくれたその人が失礼ながらわからなかった。
「あ、ごめんね。俺は栄口。よろしく」
疑問符を出しているに気付いたのか、急いで付け足された自己紹介に、も笑ってこたえる。
「うん、よろしく」
「!茶!!」
「ちょっと待って田島君。持って来る!」
「田島ぁ、お前なぁ・・・」
遠慮っつう事知らねぇのか、と渋い顔をする花井に、は気にしていないことを伝えるために微笑んだ。
むしろ、此処に居ることを認めてくれたようで嬉しい。
「花井君は?いりますか?」
「え?ああうん。じゃあ。サンキュ」
コップを二人に手渡し千代の元へ向かう。
練習着がどろどろになるまで全力で、身体がへたり込むほど疲れているのに笑っている彼らは凄い。
(まだ騒ぐ元気あるんだぁ)
楽しくて仕方ないというように、まるで彼らは手を抜くということを知らない。
はたから、そんな言葉が存在しないかのように。
頑張る人を見るのは、気持ちが良い。
は気付かれぬよう一つ微笑みを零すと、これまた楽しそうに麦茶を継ぎ足している千代を見た。
鼻歌でも口ずさみそうな雰囲気だ。何か一つが大好きで、それを楽しもうと努力しているのは快い。
は、下はコンクリートであったが座り込んだ時に付いてしまったスカートの汚れを軽くはたいた。突然誘われたことだったのでジャージは持ってきておらずの格好は朝のままだ。
皺になっているかもしれないが気にすることではない。払い終えふと隣に目をやるとピンクのマグカップが差し出された。
「お疲れ様、ちゃん」
「ありがとう」
「今日はもうお終いだって」
千代の言葉に頷く。外はもう真っ暗だ。
「本当に遅くまでやるんだね」
「うん。でも、皆楽しそうなの。監督も、それから私も楽しいの」
わかるよ。嫌なことを続けられるほど、人間は器用にできていないものね。
「私も、楽しかったよ」
そう言うと、千代は更に笑顔を輝かせた。
「良かった。なんか、嬉しいな」
へへへ、と千代は笑う。
千代ちゃんと友達になれて良かったよ。
続けて口を開こうとしたが、考えてみるとなんとなく照れくさくて。
「ちゃん?」
「何でもないよ」
これは、また別の機会にすることに決めた。
「、準備出来たか?」
「あ、うん!お疲れ様花井君」
たたた、とは制服(らしきもの)に着替えた花井に駆け寄った。
もう既にばらばらと解散しだしている。
「ん。じゃあ帰るか。チャリ持って来るから待っててくれるか?」
「わざわざありがとう」
は頼りなく笑った。花井は何も言わなくても送ってくれるつもりらしい。
帰れるかどうか、昼にあれだけ不安そうな様子を見せれば、彼の性格を考えれば当然かもしれないが、それ故また申し訳なく思う。
ぼんやりと待ちながら、別れの言葉を述べてくれる部員たちに手を振る。
感激だ。皆優しい。
「バイバイ!!てか、一人?危ねーぜ」
「あ、田島君」
「送ってやろうか?家どのへんなの?方向同じ奴ダレ?」
「いや、あの、はな」
勢いが凄い。口を挟めず、話終わるまで待とうとしばらくそのままでいたがそれが止まることはない。
「たーじまぁ。怯えてんぞー」
「なんだよ花井じゃん」
「は俺が送ってくから。お前も早く帰れよ」
「おお、そっか!!」
納得してからの田島は早かった。じゃな!と手を上げると風のように去る。
嵐という形容詞が一番似合うのは彼だろう。一人で帰るのは、と心配してくれていたのだろうが、あのパワーにはは押され気味だ。
周りを巻き込む人。そして、一度巻き込めば離さない。魅力。彼の纏うオーラとでも言うのか。
ともあれ、のような性格には疲れることは間違いない。
疲れるとは語弊があろうか。気力を根こそぎもっていかれるような感じ。
しかし、彼はまた力をくれるのだけれど。
「怯えてない、よ。花井君」
は上目遣いに花井を見上げる。
何なのだろう。そんな怯えているように見えるのか。
口下手なので話すことは得意ではないが、人と話すのが嫌いなわけではない。
先ほどの場合口を挟む間がなかっただけでおそらく落ち着けば話は出来ただろう。田島を止めてくれた花井にはもの凄く感謝しているのだが。
少し膨れて言ったは、花井に一蹴された。
「そうかァ?俺にはそう見えたけど」
「そんなことないよ」
「話しかけられる瞬間びくってなってなかった?」
はしばし沈黙した。怯えているなどではなく条件反射のようなものではあるが、確かに。
自転車を押し帰り路への一歩を出しながら、花井はくつくつを密かに声を呑ませながらであるが笑った。
「ほら」
「……花井君は、意地悪ですね」
心底楽しそうな彼に、拗ねたようには目を逸らした。ちらと伺い見ると、予想外のことでも聞いたように軽く目を見開く花井の姿が目に入る。
花井は手を顎に宛がうとしみじみと呟いた。
「うお、初めて言われた」
「絶対嘘だ」
からかうのが好きな人だったろうか。勝手な印象だがそんな風には見えないので不思議な感じがする。今日を見ていても、むしろからかわれるかそれを諌める役のようで。
別に嫌でないから、構わないけれど。
「花井君、あの、これだけ自然に送ってもらってるんですけど、花井君の家は反対側だったりしないですよね?」
まさか、そんなことはないと思うが。
自転車に乗れないのために、花井まで当然のように合わせて降りてくれている。
よって自然と家へと辿り着く時間は遅くなるということだ。疲れているだろうに。
そうさせているのは自分なのに思ってしまうのは、おこがましいだろうか。
「ないない。ん家からちょっと行ったトコ。それに帰りは全力でこぐ体力なんて残ってねェから歩いても一緒だよ」
それが本当かどうかには判断出来なかったが、ともかくほっと息をついた。
のアパートまで付き引き返されでもしたらどうすればいいかわからない。
「着いたぞ。ここだよな」
「あ、うん!」
「明日、来れるか?」
「……5時?」
「ソレは部員だけ。篠岡はもうちっと遅いよ。安心しろ」
心配そうな心情が声にも現れていたのだろう。花井は苦笑して言った。
「で、俺は行かなきゃなんないから、一人で来れるかって聞いてんだけど」
お前が良いなら迎えにくるけど。
花井は最後に付け加えた。
ただし有り得ない時間にだ。
「あの、お願いできますか?」
は迷った末そう答える。
「まだ道不安?」
それもあるが、練習をもっと見たいという思いがあったのも理由の一つだ。
彼らが夢中になる野球の魅力をもっと知りたい。
それを語ると、花井は目を見張り、その後照れたように綻ばせた。
「了解。じゃ迎えに来る」
「ほんとに、ありがとう」
「おう」
礼は受け取ってもらえ、自転車に跨った花井に手を振る。
初めのように、今度は呼び止めることもなく花井は暗闇へと消え見えなくなる。
(何か、楽しそう)
これからの日々が。
置いてきている問題は数多くあるものの、は悲愴にくれてはいなかった。
動き出し、そして紡がれる、私のこれからの物語に、憂うことなどなかったから。
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